月燕 #文披31題2022

かこ

Day 1 黄昏

 度重なる世界大戦が終焉を迎え、世界各地に無法地帯スラムが生まれた。言葉の通り秩序はなく、全てが闇に包まれる。

 東の果てキョクトウと呼ばれる無法地帯も例外ではない。

 その地に久しぶりに足を踏み入れたトキワは、崩れ落ちた現場を眺めていた。肩まで伸びたざんばらな髪は風と遊び、奥を望めない灰緑色の瞳には、ちらつく火影が映りこむ。振動する発信器を無視して、もやの先に銃口を向けた。

 黄昏は獰猛で狡猾な獣が目覚め始める時だ。音や気配はないが、トキワの本能は何者かを感じ取っていた。

 やがて、せっかちな月が二つの影を作る。


「あーらら。派手にぶっ壊れたのねぇ」


 あざやかな赤い瞳は差し迫る闇の中でもきらめき、瑞々しく楽しげな色に染め上がっていた。本物のルビーよりも美しく、魅せる輝きは艶めかしい。


「おにーさん、ちょっと聞くんだけど、ココの偉い人?」


 形の整えられた爪が差した先は瓦礫の山だ。崩壊した箱庭ガーデン――人造人間レプリカが製造されていた場所を示す。

 照準を女の胸に定めていたトキワは無言をつらぬく。

 額に落ちてきたストロベリーブロンドをかき上げた女は臆しなかった。目を細め、艶のある唇に弧を描く。


「ねぇ、いい話があるんだけど。聞くでしょう?」


 無法地帯で交わされる『いい話』なんてろくなものはない。

 警戒を強めるトキワに女は銃を避けて右手を差し出す。


「ワタシにも協力させてよ。ココが壊れたの、ちょこっと気になるんだよね」


 銃口を胸に当てられても女は怯えることはなかった。無言を貫く相手に向かって人好きのする笑顔で首を傾ける。


雨燕ユーイェンよ。ユーちゃん、て呼んでね。おにーさんは?」


 トキワは迷わなかった。ユーイェンの耳横で引き金を引く。

 銃声が響いた後、モヤの向こうで倒れる音がした。


「物騒ねぇ」


 間近で音が破裂したにも関わらず、ユーイェンは涼しい顔をしている。強化人種か、もともと鼓膜がいかれているのか、どちらにしてもトキワには面倒事が降ってきたに違いない。

 前者は殺すのに手間がかかる。後者ならば、こちらが何か言ったとしてちゃんと聞き取れるのか甚だ不安だ。

 トキワは満面の笑顔を見下ろした。

 まず、ただ協力を申し出て見返りを求めてこないことが怪しい。無償なんて、ありえない話だろう。初対面のはずなのに任務のことを知っていることもおかしい。

 鋭い眼光にもユーイェンは魅惑的な表情を崩さない。


「おにーさん、キョクトウに来るの初めてでしょ? ユーちゃんのこと知らないなんて、常識も知らないと同じよ」


 そう言い終わるな否や、ユーイェンは低く腰を落とした。

 彼女の背後から現れた男に銃弾が放たれる。間一髪でよけられた閃光は耳をかすり、闇に消えた。



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