愛猫だからこそ、躾も大事なの

小林ぬこ

私の過保護なご主人様、貴方の愛で溺れたいの

永年の片想いを終わらせるつもりだった。

雪ちゃんの幸せを祈れる親友でいたかった。


そんな私の片想いを雪ちゃんは何事もないように拾い上げて、大事そうに包み込んでくれた。


5年間、逃げ続けた猫を雪ちゃんは見つけ出してまた飼ってくれるようだ。


この関係がいつまで続くか分からないけれど、今は彼女の熱を一番近くで感じていたいの。



雪ちゃんからは年末までには帰って来いと言われていた。

流石に1ヶ月未満では引き継ぎもできなかった。後輩指導を任されていたので、今までの教育方針などを別のスタッフとすり合わせしたりして結局、退職は3月末になることになった。


雪ちゃんは納得いかないって顔をしていたが、社会人として責任は果たしたいとお願いをし何とか許してもらった。


5年前に再会して以降、雪ちゃんとはほぼ毎日通話をしている。


今日は何をしたか、何を食べたかなんて話を10分くらいだけ。

それでも毎日満たされた気持ちになる。


そんな日を続けて、日付はあっと言う間に過ぎて行った。

気がつけば3月になっていた。


そう、引っ越し手続きをしなければいけない。

雪ちゃんから住所は教えてもらったが、アパート名までは教えて貰えなかった。


引っ越し業者も雪ちゃんから手配されているし、引っ越し当日は雪ちゃんが迎えに来るので、問題はない。


彼女の好意を無下にする事はしない。


家具も向こうで雪ちゃんが用意しているらしい。

お金を払うと言っても聞いて貰えず、楽しそうに笑うだけだった。


持って行くものが少ないが、捨てる作業等で週末は忙しい。

金曜日の夜は後輩や同期や先輩、色々な人から退職前にご飯に連れて行ったりしてもらっている。


金曜日の夜は雪ちゃんとお話しはできず、土曜日に持ち越しだ。


しかし、今日はいつもの金曜日とは違う。

なんと!雪ちゃんが都内まで来てくれるのだ!


引っ越す前に、今の私の部屋が見たいと言う事で金曜日の夜に仕事が終わり次第、こちらに向かっている。


いつもの私より浮かれているのに対して、隣の席のにいる同期の和田は不機嫌な顔をしている。

どうやら和田は、本日の飲みの誘いを断ったのがお気に召さないようだ。


「人の誘いを断ってんのに、隣でご機嫌に鼻歌披露するのやめてもらえますぅー?」


和田が拗ねた口調で私に話しかけてきた。


「申し訳ないが、もうすぐで待ち人くるの。

和田の相手なんかしてられないの。」


「けっ!何が待ち人だよ!

ただ、地元の友達が遊びに来るだけだろ?


お前、地元に帰るんじゃん。

残り期間くらい同期のために飲みに来いやー。」


和田はまだ諦めていないようで、仕切りに誘ってくる。


「ほんと無理だから。

んじゃ、今日はあがりまーす。

お疲れ様でした!」

和田の猛攻を避け、鞄を持ちエレベーターへ向かう。

雪ちゃんが最寄駅に着いたようだ。


私の会社付近でご飯を食べる予定なので、会社の最寄り駅まで来てもらった。

早く迎えにいかなきゃ!


「はあ?待てよ!

俺も上がります!お疲れ様でした。」


和田は追いかけてくるようにエレベーターに乗り込んできた。

まだブツブツ文句を言っている


「いい加減にしてよ。

先週も同期で飲みに行ったじゃん。

送迎会なんて一回でいいよ。」


あまりの文句の多さに少し棘がある言い方になったが、私と和田はこういう関係だ。

今更気にしてはいけない。


「ばかやろう!

今回は同期全員じゃなく、俺と二人でって思ったんだよ。」


「は?別に二人で行く必要ないよね?」


「そ、それは…」


和田は顔を赤らめながらあーだの、うーだの言っている。

大方、人事部の吉田さんのことだろう。

事あるごとに、可愛いだの、お前とは女子力が違うだの比較してきた。


恋愛相談は受け付けておりません。


和田が奇声をあげている間にエレベーターは1階についた。


「じゃ、またね。」

和田を置いてエレベーターを降りた。

急いでオフィスの自動ドアをくぐり抜けると手をつかまれた。


後ろを振り向くと案の定、和田が掴んでいた。


「あのさぁ、申し訳ないけど和田の恋愛相談乗ってる暇ないの!」

私が流石に怒った口調で手を離すように言うと、和田は決心した顔をして口をひらいた。


「俺は、お前のことが!」


「海ちゃん、何してるの?」

和田の大きい声をアルトボイスの優しい声が遮る。


振り返ると、雪ちゃんが笑顔でこちらを見ていた。


「雪ちゃん?改札付近で待ってるんじゃなかったの?」

「そのつもりだったんだけどねー。

嫌な予感がしてね。


うん、来てよかったかも。」


雪ちゃんは笑みを濃くして和田を見る。


「海ちゃんの会社の人?

申し訳ないんだけど、この後ご飯行く予定なの。

悪いんだけど、海ちゃん返して貰えます?」


「いや、そんな時間は取らせないから最後まで話したいんだが。

こいつ、あと少ししか出勤しないし…」


雪ちゃんは和田の話を聞くと、ふーんと楽しそうに観察した。

海ちゃん、どうする?


と、私に質問してきた。

答えは決まっている。


「ごめん、和田

雪ちゃん来たから、もう行く。

話があるなら別日にして。」


私が雪ちゃん以上に優先するものなんて無い。

私の答えを聞いて、雪ちゃんは楽しそうに穏やかに笑い、和田は悔しそうに唇を噛み締めた。


「海ちゃん、予約時間大丈夫?

一度、店に電話した方がいいんじゃない?」


雪ちゃんに言われて時間を確認すると、予約時間を少し過ぎていた。

雪ちゃんの言われた通り店に電話する為、二人から少し距離をとった。


私が電話している間、雪ちゃんと和田は二、三個と話をすると和田は雪ちゃんを睨みつけた後、帰って行った。


「雪ちゃん、おまたせ。

和田と何の話をしたの?」


雪ちゃんに問いかけると、雪ちゃんはにっこり笑って何でもないよと言った。


その笑みを見て、雪ちゃんが怒っているのを感じた。


ご飯を食べた後はそのまま私の家に向かう予定だったが、雪ちゃんは私の手を取り歩き出した。


駅とは反対側、繁華街の方だ。

夜なのにネオンがひかり、いかがわしいお店が立ち並ぶ。


雪ちゃんはさっき予約したのなんて笑っているが、やはり怒っているようだ。

待たせてしまったからだろうか?

捨てられてしまうのだろうか?


雪ちゃんと私はホテルへ入って行った。



雪ちゃんは自分のコートを脱いだ後、強引に私の服を脱がしてベッドへ押さえ込んだ。


「海ちゃんはほんと、自覚ないよね。

私の猫だって理解してる?」


勿論だ、私な雪ちゃんの猫で雪ちゃんは飼い主だ。


「私の猫なのに、あんな男に気を許すの?」


気なんか許してない。


「そのわりには仲良かったね?」


同期だから…


「同期だと手を繋ぐの?」


あれは、あちらが掴んできて…


「やっぱり、海ちゃんは自覚が足りないなぁ。

だから、躾の時間だよ?

前回みたいな甘やかしはないから。」


雪ちゃんは笑って私の肌に触れた。




前回も思ったんだけど、朝になると雪ちゃんはなんでいないの?

私は隣を睨みつけるが、意地悪そうに笑ってくれる私のご主人様はお出かけのようだ。


昨日はすごかった。

泣いても許して貰えず、雪ちゃんの思うままにされてしまった。


身体は痛いし、前回の比じゃないくらいに痕がついている。


行為の最中、雪ちゃんはずっと怒っていた。

危機意識がない、男も女もあまり近寄らせるな、人たらしとずっと言われていた。


人たらしは雪ちゃんの方です。


嫉妬してくれたんだなと思う。

ああ、愛しい。

こんなにも愛しい。


こんな時間が長く続けばいい。

私が静かに涙を流すと、後ろから抱きつかれた。


「私の可愛い猫ちゃん。

他の人には懐いちゃダメって理解できた?」


答えは勿論決まっている。


にゃあ


私は、甘えたように鳴いた。

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