第23話 不器用なアプローチ
自分の中にある溢れる想いを一人で抱えきれなくなった私は、ある日の放課後、沙耶に今までの事を全部打ち明けてしまった。
沙耶は茶化すことなく、最後まで黙って話を聞いてくれた。
そして私が話し終わると、ひとつ大きなため息をついた。
「なーんだ。つぐみ、ちゃんと恋してるんじゃん。」
「恋・・・だよね。この気持ちって」
「恋以外なにがあるの?つぐみは羨ましいくらい、私なんかよりずっと素敵な恋してるよ。」
「私もこの気持ちに気付いたのはつい最近なの。」
私は肩をすくめて照れ隠しに前髪を直した。
「でもその美也子って女と付き合っているか、確定したわけじゃないんでしょ?」
「いや、多分・・・確定だよ。」
私は自分で自分の言葉に傷ついて、項垂れた。
「仕方ないな。私が男の落とし方を伝授しよう。」
沙耶は腕組みをして、大きく二回頷いてみせた。
「女性もそうだけど男性はギャップってやつに弱いのよ。
つぐみの場合、普段はガキっぽいから、少し大人っぽいところを見せればいいんじゃない?」
「大人っぽいこと・・・とは?」
「たとえば大人の香りの香水をつけてみたり、少し露出の高い服を着て見たり・・・
あと男は女のうなじに弱いのよ。なにかの拍子にうなじを見せてみたら?」
「ふーん。・・・そっか。沙耶、色々ありがとう!」
どれもこれも私には難易度が高い。
しかしやってみる価値はあるかもしれない。
私は出来そうなことから挑戦してみることにした。
金曜日。
鹿内さんが家庭教師をしてくれる日。
17時になりコンコンコンと部屋のドアがノックされた。
「はい!どうぞ。」
私は少々裏返った声で返事をした。
思えばあのベランダで泣いてしまってから、一度も鹿内さんとは顔を合わせていない。
鹿内さんが部屋に入り、椅子に座る。
鹿内さんは何もなかったかのようにあの夜の事に触れず、参考書を開いた。
鹿内さんが何を考えているのかまったく分からない。
けれど今はその沈黙が有難かった。
「今日はこの問題やってみな。」
「はい。」
今日は沙耶の見立てで買った、ちょっと大人向けの香水をうなじに付けてみた。
なんでもフェロモン香水といってオスが本能的に引き寄せられる香りなのだという。
自分でも嗅いでみたけれど、フローラルの香りが気持ちよく、なんだか大人の階段を一歩踏み出したような気がして気分が上がった。
ほんの密やかな冒険。
鹿内さんは気づいてくれるだろうか?
数学の問題を必死に解きながらも、私は鹿内さんの反応を伺っていた。
家庭教師の時間が終わりに近づいた時、
ふいに鹿内さんが私の頭の上に自分の鼻先を近づけた。
「つぐみ、何か付けたか?」
「あ・・・はい。友達に香水をもらったので付けてみました。」
私は気づいて貰えたことが嬉しくて、にやついた顔面に力をこめて平静を保った。
しかし次に鹿内さんから発せられた言葉で、一気にテンションが下がった。
「つぐみには少し早すぎる香りだな。」
「へ?」
「つぐみには似合わない。」
なんでそんなこと言われなきゃいけないの?
私は鹿内さんの顔を恨めし気に睨みながら、出来るだけ皮肉っぽく聞こえるようにつぶやいた。
「鹿内さんは随分香水にお詳しいんですね。」
「大学には香水をプンプン匂わせている女が沢山いるからな。」
「・・・香水の香り、嫌いですか?」
「ああ、嫌いだね。」
けんもほろろに言われてしまい、私は心の中でしゅんとした。
「つぐみの髪のシャンプーの香りは、嫌いじゃないけどな。」
鹿内さんはふたたび、私の頭の上に鼻先を近づけた。
私のシャンプーは肌が弱い私の為に、ママが買ってくるベビー用シャンプー。
全然大人っぽくない。
沙耶のバカ。
大人の女作戦は失敗に終わったよ。
鹿内さんの中で私はまだまだベビーなのだ。
次なる作戦は少し露出の多い服を着てみる、というもの。
ちょっとだけいつもより短いスカートを履いてみた。
お気に入りのベージュと茶色のチェックのプリーツが入ったスカート。
短いと言っても、なにも太ももを露わにするわけではない。
膝小僧を見せるだけ・・・ただそれだけ。
金曜日の17時、鹿内さんはいつものように定時の5分前きっかりに私の部屋のドアを3回叩く。
私は大きく深呼吸をしてから「はい」と畏まった声で答える。
今日も鹿内さんは黒くて細長いペンケースだけを持って、私の部屋に入り、私の横にある椅子に座り、あらかじめ私が用意しておいた参考書を開き、淡々と説明を始める。
私はその低く耳に心地よい声が発する言葉をひとつも聞き逃さないように、しっかりと脳内にインプットしていく。
しかし、慣れないことをしているせいか、緊張で身体が小刻みしている。
どうしよう。
もし鹿内さんに気付かれたら・・・。
恥ずかしくて鹿内さんの目がみられない。
私の膝を鹿内さんが見ている気がする。
ああ、どうしよう。
すると鹿内さんはおもむろに自分が着ていた濃紺のカーディガンを脱ぎ、それを私の膝にかけた。
「寒いのか?身体が震えてるぜ?」
「?!」
「女は足腰を冷やすと身体に悪いんだろ?将来子供を作りたいなら、自分の身体をもっと労わりな。」
「は・・・い。ありがとうございます。」
見上げると、鹿内さんの伏し目がちな瞳が、少し照れ臭そうに私のノートの文字をみつめていた。
私はただ顔を真っ赤にして俯きながら、鹿内さんの言葉にノックアウトされていた。
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