第6話 ファーストコンタクト②
実際、鹿内さんは何でも良く食べた。
夕食に出された食事はことごとく、残すことなく食べつくしていた。
鹿内さんの旺盛な食欲は、いくら食べても底なしのようで、また食べ方も豪快だけれどキレイな所作だった。
おかげで私も苦手な食べ物を残しにくくなってしまい、嫌いなにんじんやピーマンを飲み込むように食べるようになった。
自慢の料理を残さずぺろりと食べていく鹿内さんに、ママはとっても好感を持ったようで、いつも大盛りのご飯を鹿内さんによそってあげていた。
「鹿内君、お代わりどう?」
「はい!ありがとうございます。」
鹿内さんは勢いよくお茶碗をママに差し出す。
「鹿内君。どうだ、君も一杯飲まんかね。」
酒好きなパパにそう誘われると、鹿内さんはすかさずコップを突き出した。
「それじゃ、遠慮なく頂きます。」
なみなみと注がれたビールをゴクゴクと飲み干すと、あっという間にコップは空になった。
「おお!鹿内君、君豪快に酒を飲むねえ。」
パパは感動に打ち震えながら、すかさず空のコップに2杯目のビールを注いだ。
「お父さんもどうぞ。」
鹿内さんはさりげなくパパをお父さん、ママをお母さんと呼ぶようになっていた。
鹿内さんはパパのグラスに、瓶ビールの口を近づけた。
「いやー緒に酒を酌み交わせる相手がいるのはいいねえ。
信二はほれ、飲むとすぐに酔っぱらって眠くなるからあんまり勧められなくてね。」
「そうですね。信二は飲み会でもあまり飲みません。すぐ寝てしまうので。」
たしかに信二兄ちゃんは酔っぱらうと充血したたれ目がトロンとして、
顔も真っ赤になってしまう。
それに比べて鹿内さんは、すでに3杯目のビールを飲み干そうとしているのに、
表情一つ変えず酔った様子も見られない。
きっと酒豪ってやつなんだ。
「そういや信二とは高校、大学の野球仲間なんだって?鹿内君はどこを守っているの?」
「俺はピッチャーです。」
「ほうほう。僕もね、学生の頃は野球をかじっていたんだよ。
万年補欠だったけどね。どこの球団のファン?」
「月並みですけど巨人です。」
「よかった!!僕も小さい頃からジャイアンツ!」
「長島世代ですか?」
「僕はそんなに古くないよ。原辰徳世代!知ってる?原辰徳ってレコードデビューしてるんだよ。
フフフーフフー♪ってね。」
「パパ!!話し中に歌わない!」
ママといいパパといい、どうして話の途中で歌い出すのか。
まったく恥ずかしい人達だ。
鹿内さんはまたもや必死に笑いをこらえているではないか。
しばらくの間、パパと鹿内さんは最近のプロ野球事情でひとしきり話が盛り上がっていた。
「そういえば」
パパはグラスのビールを飲み干すと、一段と砕けた口調になった。
「信二は最近彼女が出来たそうじゃないか。
この前スマホに写った写真を見せて貰ったけど、なかなかパンチのある娘だったなあ。」
私も見せてもらったけど、パンチがあるというか、個性的というか・・・かなりふっくらとしたギャル風の女性だった。
今どきガングロで髪は茶髪、そしてヒョウ柄のワンピース。
大阪のオバちゃんかと思ったものだ。
たしか信二兄ちゃんは深キョンのファンだったと思うけど、現実と理想のギャップは埋められなかったってとこか。
パパは酔いが回ってきたのか、鹿内さんに突っ込んだ質問を投げかけた。
「で、君にはいないのかい?コレ」
パパは右手の小指を鹿内さんの顔の前に差し出した。
「コレ、とは?」
鹿内さんは瞬きしながら、パパと同じように小指を立てた。
「そうか。最近の若いもんはコレの意味が分からんか。
コレっていうのは女だよ。彼女はいるのかってこと。」
「ああ。そういう意味ですか」
鹿内さんの顔が少し困ったように見えた。
偏差値高めの大学に在籍し、スポーツが出来て、物腰柔らかな好青年。
そんなイケメンには、さぞかし自慢の彼女さんがいるんでしょうね?
私は無関心を装いながらも若干の好奇心で、鹿内さんの口から発せられる言葉に耳を傾けていた。
しかし鹿内さんは照れくさそうな顔をして、長い前髪をかき上げながら
「・・・そんな女、いません。」
とつぶやいた。
そして続けざまに
「そんな女がいたらここにはいません。」
そう言うと私の顔をチラっと見た。
どういう意味?
ああそうか。
彼女がいれば彼女の部屋に転がり込めばいいんだものね。
でも鹿内さんほどの人なら、彼女のひとりやふたりすぐに出来そうなものだけれど。
「本当かい?もったいないねえ。君みたいな色男が。
しかし周りの女子がほっとかないだろう?どんな娘がタイプ?」
パパの空気を読まない質問に、鹿内さんはあきらかに弱った顔をしている。
ママは不穏な空気を察したのか、何も言わない鹿内さんに助け舟を出した。
「鹿内君、食後のデザート食べない?お林檎だけど。」
「頂きます。」
少し食い気味にそう答えた鹿内さんは、ママから皮の剥かれた林檎が入った皿を受け取ったあとに仕方なさそうに言った。
「タイプとかないです。・・・好きになった子が・・・タイプなので。」
「さすがイケメンは言う事もイケメンだねえ。」
ヒューとパパが口笛を吹いた。
やることなすことが昭和で、わが父ながら本当に恥ずかしい。
「あら素敵じゃない?私が20歳若かったら立候補しちゃったかも!」
「おいおい、亭主の前で何言っているんだ、お前は。」
「あらやだ。冗談よー。焼きもちやいちゃって!」
そう言ってママはほほほっと両手を口に当てた。
「ふん。古女房に誰が焼きもちなんかやくか。
あ、でも一応言っておくけどママは駄目だからね。
綺麗で可愛いから憧れちゃうかもしれないけど。」
「さすがに人妻には・・・」
「あとつぐみも駄目だからね!つぐみはパパと結婚するんだ!とか言っていたからね」
パパは軽く言ったけれどその目は笑っていなかった。
「は?!パパ、いつの話をしているの?!」
私は呆れ顔でパパを睨んだ。
「うーん。あれは小学校1年生の頃かなあ?それとも幼稚園の年長さんかな?
パパのお嫁さんにしてーって言うから、ごめんね、パパにはママがいるからそれだけは無理なんだよ。パパに似ている人と結婚しなさいって、ね!そういう約束なの。
僕よりイケメンさんはダメ~。」
パパはそう言うと両手で大きくバツを作ってみせた。
ダメだ。完全に酔っぱらい親父だ。
「パパの心配にはおよびません。私は男という生き物が大嫌いだから。」
「あれあれ?パパだって男だよ?」
「パパと信二兄ちゃんだけは特別。あとお祖父ちゃんも。」
鹿内さんは苦笑いをして私の顔を再びチラリと見ると、コップのビールを一気に飲み干した。
その表情は完全にパパ離れしていない子供を見る目だった。
ま、本当のことだから別にいいけど。
それにしても「好きな子がタイプ」だって!
キザなこと言うわよ、まったく。
そういうセリフって少女漫画の世界の男だけが言うのかと思っていたけど、
本当にそんなこと言う男もリアルでいるんだな。
ひとつ勉強になりました。
私はモグモグと林檎に噛り付いている鹿内さんを興味深く眺めた。
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