第3話

 入院から一週間ほど経った日、僕は仕事が休みで蒼の付き添いをしていた。寝返りを覚えたての蒼は嬉々として狭いベッドで寝返り、柵に頭を打ち付けて泣いていた。そんな姿が微笑ましかった。

 ふと蒼の点滴に目をやると、血液が逆流している。点滴で流している液に赤い血が混じり少しずつ体の外へと流れ出ていた。この程度で看護師を呼ぶべきなのだろうか。そう考えているうちにどんどんと赤い血は蒼の体から流れ出していく。ナースコールを押すべきか迷っていると、スマホの通知音が鳴る。開くと、父からのLINEが入っている。一言「上がりました」とだけ書かれており、動画が添付されていた。 それは五メートルほど上空で風に靡く鯉のぼりだった。とても雄大に、清々しく、 おもしろそうに、その三匹の鯉は青空を泳いでいた。なぜか胸に込み上げてくるものを感じ、きっと蒼は大丈夫、根拠はないがそう思った。

 その時、病室のドアをノックする音がした。担当医が回診に来たのだった。彼は榊先生という初老の男性だった。はっと我にかえり点滴を見ると、血液の逆流は元に戻っていた。

 榊先生に確認してもらうと点滴は問題ないようだった。榊先生は、穏やかな口 調で、ゆっくりと蒼の病状を説明してくれた。

「蒼くんの検査結果が出ました。結論から言うとよかったですよ。今日の採血の値も悪くないです。蒼くんの場合、細菌が膀胱に入ってしまって、それが腎臓まで感染していました。これがさらに血液まで感染して菌血症になっていて。治療がもう少し遅ければ、悪化して敗血症になり危険な状態でした」

「そんなに危なかったんですか」

「でも抗生剤が効いてくれたみたいです。C R P や白血球の値も下がってきていて、 今回の病気に関しては、悪化する心配はほぼないと思ってもらって大丈夫です。点滴を飲み薬に切り替えて、問題なければ退院へむけて動きましょう」

「そうなんですね。安心しました。本当にありがとうございました」

心からほっととした自分がいて、今まで張り詰めていた心の糸が緩んだのを感じ、 そこに座り込みたくなるような感覚になる。

「いえいえ、ご心配なことがあればいつでもお声かけください」

そう微笑んだあと榊先生は次の診察がありますから、と入口の方へ向かおうとし たが、もう一度蒼の顔を見た。

「蒼くん、笑顔が可愛いですね。僕もこの回診に来るのが楽しみでした」

「ありがとうございます」

「蒼くん、とても、幸せそうな笑顔をされてますね。お大事にされてください。それでは」

そう言って少しだけ微笑むと、軽く会釈して榊先生は部屋を出て行った。

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