月白邸事件
もちょき
前編
湖のほとりから
その間に人が通るための道はなく、橋なども
目の前には屋敷を囲むように夜の湖が広がっているだけだ。
1分だ。
1分間で湖を渡って月白邸に
こんなことは自分にしかできない。
「……待ってろよ、
※
パイン
湖の中央には小島があって、そこには大きな屋敷がひとつだけ建っている。
『
超能力、超常現象、不老不死、錬金術。ありとあらゆる怪しげな研究に身を
湖から1キロほど離れた森の奥で、男が倒れていた。
死んではいない。意識はある。
だからこそ、言うことを聞かない
(ああ……まったく、“
夜の闇は孤独をつのらせる。
ここで俺は死ぬのだろうか、と男は考えた、その時。
ざざっ、という
(熊でもいるのか……)
男は考える。死に
「おーい、おっさん。生きてるかー?」
やけに
(おっさん……? 俺はまだ30代だぞ!)
闇の中で男は目をこらす。紫色のライダースジャケットを着た女が立っていた。
まだ女子大生くらいだろうか。
髪は金色のショートヘアで、ガールズロックバンドのボーカルみたいに見える。
「よかった、生きてるみたいだな。私は
男は笑いそうになった。
熊ではなく、蝶だったか——それも探偵の。
※
男の服装は明らかに普通ではなかった。
黒いレインコートに、ごつごつと
腰にはベルトで
暗殺者。そう呼ぶにふさわしい格好だった。
「まさかおっさん、月白龍之助を殺しに行ったとか?」
「月白を、知っているのか」
「有名人だろ。私はガキだったからよく
「その、善良な市民は、俺の弟のことだ」
「……え、っと。マジか。ごめん、つらいこと思い出させちまったな」
男は吹き出した。
「な、なにがおかしいんだよ!」
「はは……お前、良い奴だな。探偵ってのはもっと
「私は夜の散歩を楽しんでただけなんだ。無理な頼みは聞けないぜ」
「無理というほどじゃない……俺が月白邸でやったことを、ただ忘れないで
「なんだそれ。まるで
「遺言だよ。俺の命はもう長くはない。なあ、お前は超能力を信じるか?」
「超能力があるって
「……回りくどいな、探偵」
「回りくどいのはおっさんの方だろ」
「ついさっき、俺が月白を殺害しに行ったと言ったら、お前はどう思う?」
その言葉に、アゲ羽はパイン湖を思い浮かべる。
「そりゃ難しいだろ。でも、あの湖に橋はないし、夜になったらボートも使えないだろうけど、300メートルくらいなら泳いで渡れない距離じゃない。問題は誰にも見つからずに屋敷に
「その通り。——さて、超能力の話に戻ろう。俺にはある“能力”がある。こいつのせいで俺は月白と知り合い、弟を失った」
「その能力ってのは?」
男は「やれやれ」と口にして、ゆっくりと上半身を起こした。それから激しく
「今から見せてやる……探偵、一瞬たりとも目を離すんじゃないぞ」
アゲ羽は男を見る。観察するように、じっくりと、注意深く。
そして、
男が消えた。
「は、えっ?」
突風が吹き、アゲ羽は乱れる髪を押さえつけた。
「おい! どこだおっさん!」
「……どこを見てるんだ、探偵」
背中から声。振り返ると、男が鼻血をたらして倒れていた。
「瞬間移動したのか?」
「……違う」
「まさか、時間を止めて、その
「まあ、そんなところだ」
アゲ羽は腕組みして、しばらく考え込む。
「時間を止めればゆっくり泳いで渡ればいいし、屋敷の人間にも見つかることがない……」
「1分だ」
「あ?」
「俺は1分しかこの能力を使えないんだよ。この意味がわかるな、探偵?」
たったの1分でパイン湖から屋敷まで移動し、月白龍之助を殺害し、そして現場から逃げる。
そんなことできるはずがない。
そんなことは不可能……ではない!
可能だ!
たったひとつだけ方法がある!
「あぶねー。
「はは……。さすがに鋭いな。俺の本当の能力がわかったか?」
挑発的な物言いに、アゲ羽はまるで
「当然だろ。謎はすべて解けたぜ」
※
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