悪役令嬢イレーナは人生矯正中

甘寧

第1話プロローグ

何故、この世に生まれてきたのだろう……


こんなくだらない世界、生きていても仕方がない……


親も親族と呼べる人達もいない天涯孤独の私は小さい頃からその事で標的にされ、いじめの対象となっていた。

それでも、頑張って生きていればいつかは報われると思って今日この日まで生きてきた。


だが、それは空論だった。


私は高校卒業後、中小企業に就職を果たした。

恋人も出来、人生の好機が訪れたと思った矢先、先輩の横領が発覚。その事に私が加担していたと有りもしない事実を突きつけられた。

当然私は無罪を訴えた。しかし、上の奴らは私の言葉など聞く耳を持たず解雇を言い渡された。

途方に暮れた私は彼に慰めてもらおうと連絡を入れた。

しかし、彼から出てきた言葉は──


「はぁ?金なくなったの?じゃあ、お前用無し」


あれだけ愛していると言ってくれたのに、結婚しようと言っていた癖に。


もう私の心はボロボロだった。

気づいたら橋の上から飛び降りていた。


(つまらない人生だったな……)


こうして、私は自ら命を絶ったのだ──……



◇◇◇



チチチッ!!


(眩しい……)


鳥の鳴き声と、陽の光で意識が浮上した。

ゆっくり目を開けると、そこは豪華絢爛な装飾品が所狭しと飾られており、今寝ているベッドですら寝たこともないほどフカフカな物だった。


(ここは……?)


確かに私は身投げしたはず……

となれば、ここは黄泉の国か?


最近は死んだらこんな豪華な所に寝かせてくれるのか。それならもっと早く死ねばよかった。などと考えていると、部屋の扉が開き侍女らしき人が入ってきた。

その人は私が起きているのを見ると、あからさまに怯えた様な顔をした。


何故初めての人間にそんな顔をされなきゃならないのか疑問に思っていたが、侍女が発した言葉がさらに私の疑問をふくらませた。


「も、申し訳ありません!!イリーナ様!!朝のご挨拶が遅れてしまいました!!今すぐ、湯浴みの準備を致します故もう暫くお待ち頂けないでしょうか!!」


侍女は小刻みに震えながら私?に言ってきた。

そもそも、何故朝風呂に入る必要がある?

あぁ、飛び降りた先が川だったから?


「あの……すみません。朝風呂は結構なんですけど……」


恐る恐る侍女らしき人に言うと、その人は目が飛び出そうなほど驚いているようだった。


「あの……?」


「あ……あっ!!申し訳ありません!!では、朝食の準備をさせていただきます!!」


ペコッと頭を下げると、そそくさとどこかへ行ってしまった。

シーーンと静まり返った部屋を見渡し、ゆっくりベッドからおりると、大きな窓を開けた。

この屋敷はとても大きなものらしく、庭が広々していて門も立派なものだった。

そよそよと吹く風も心地よい。


ふと、隣にあった姿鏡を見て驚いた。


「は……?これ、私……?」


そこには銀髪の見たことも無い美しい女性が立っていた。


「えっ?はっ?どういう事?」


鏡の前で戸惑っていると、勢いよく扉が開き続々と人が入ってきた。


「なっ!?」


「イレーナ!!貴方、どうしたの!?どこか具合が悪いの!?」


中年の女性に肩を掴まれ物凄い勢いで言われた。


「そうだぞ!!侍女の失敗を咎めないなんて、普段のお前からは考えも付かない!!」


次に中年の男性。


「姉様何か悪い物でも食べたの!?」


最後に、中学生ぐらい?の子供にまで詰め寄られた。


「おい!!早く診察をしろ!!何グズグズしている!!」


先程の中年の男性が、医者であろう人の胸倉を掴み私の前に出てきた。

思いっきり掴まれたのであろう、ゴホゴホと苦しそうに咳をしてから私に向き合い、聴診器を手に私の診察を始めてくれた。


診察の結果は「問題なし」

当たり前だ。私は至って健康そのもの。人生詰んでただけあって体は丈夫に出来ていた。


しかし、その診断を不服としたのが医者を呼んだ中年の男性と、中年の女性。


すぐに違う医者が呼ばれ、何度も診察を受けた。

何人目だろうか……ようやく「記憶喪失では?」と診断された。

その診断に中年の女性は泣き崩れ、中年の男性は目頭を抑え、子供には「姉様は僕が守る」と変な正義感を発揮された。


(記憶喪失も何も、私は今ここに来たばかりで貴方達のことなど何も知らないんだけど……)


困惑の表情をしていた私の手を中年の女性に握られ、改めて自己紹介された。


「イレーナ。私は貴方の母リンダ・クラウゼですよ!!この手の温もりを忘れてしまったの!?」


「私はお前の父。ヴェルナー・クラウゼ。父の顔を忘れたのか?」


「僕はラルフ・クラウゼ。姉様のただ一人の弟だよ」


この人達は私の家族だと言った。

しかし、こんな人達と家族になった記憶が無い。


「そして、お前はクラウゼ伯爵家の一人娘。イレーナ・クラウゼだ」


父と言う男がその名を口にした途端、私の脳裏によぎったものがあった。


「……地獄の薔薇……?」

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