わたしも好きと言えなくて
小池 宮音
第1話
素直になれない時なんていくらでもあって、かわいくないって思われても仕方ないと思う。
「ちょっと
授業終わり、クラブ活動前の掃除時間。教室の掃除担当になったわたしたち6人の班は女子3人男子3人で、女子はほうき係、男子は机係に割りふられてるわけだけど、約1名が全然協力してくれなかった。それが男子の船木というわけだ。こいつは小学校から一緒の同級生で、何の嫌がらせか小学5年生から4年間同じクラスという不運がわたしに降りかかっていた。ずっと一緒だから話すことも増えてだんだんと気をつかわなくなって、言いたいことを言うようになってからケンカする仲にまで発展した。こんな風に。
「うるさい本田。俺の分までおまえが働け」
「はぁ? なんであんたの分までわたしがやらなくちゃいけないわけ? 意味分かんない。とっとと机運んでよ」
「嫌だね。おまえの言う事なんか誰が聞くか。チービ」
「はぁ? 小学校の時はわたしの方が高かったし! あぁもう! 見下すなバカ!」
「昔より今が大事だろ。やーいチービ」
男子っていうのはどうして急に背が伸びるのだろう。ついこの間までわたしより小さかった男子たちは、中学校に入ってから日に日に大きくなっていた。「毎日骨がギシギシ鳴って痛い」などとウソか本当か分からないようなことを言って、背が伸びているアピールをしてくる。男と女の違いというのを見せつけて俺の方が強いんだぞ、と言われているようですっごくムカつく。
「ちょっと、船木。
「はーい」
他の女子の言うことは聞く船木。わたしにベーッとベロを出して机を運び始めた。きぃぃぃムカつく!
船木にムカつくのはいつものことで、でもそんなやつのことを好きな自分にはもっとムカつく。なんでこんな敵みたいなやつのことを好きになってしまったのか自分でも分からないけど、遠慮しないで言い合える関係が心地良いのは確かだった。友だちと好きな人の話になれば思い浮かぶのは船木の顔だし、授業中には自然と船木の背中を見つめている自分がいる。好きだと認めるのは簡単だったけど、誰かに「船木のこと好きなんだ」とは言えなかった。だって、毎日のように口ゲンカしてるし、そんなやつのこと本当は好きなんて素直には言えない。だから友だちには「船木なんて大嫌いだ」って言ってる。優しくないし口は悪いしイジワルだし。友だちも「そうだよね」って納得して疑ってこないから、よけい言えなかった。でも、その方がいい。誰にも知られていない方がこうして心置きなく船木と言い合いができる。
「おい、本田。俺に掃除しろって言ったやつがサボってどうすんだよ」
「サボってません。船木が逃げないか監視してるんです」
「めんどくせぇけど逃げたことねぇよ。ほら、ここ掃けよ」
口は悪いが、根は真面目な船木。ときおり見せるそういうところが好きなのかなぁ。
「おい、俺って力持ちじゃね?」
机を2つ重ねて持ち上げ、自慢するわたしの好きな人。なんでこんなやつのこと好きになったんだろ。
***
「ねぇ、美琴。美琴は船木のこと、好きじゃないんだよね?」
お弁当を食べ終えた、昼休けいの教室。ほとんどの男子はグラウンドへ出ているので、教室にはおしゃべりをする女子ばかりがいる。そんな中で4人で一緒にお弁当を食べていた友だちの1人の
「ケホッ……え、あ、うん。好きじゃないよ。むしろ大嫌いだよ」
答えながらわたしの心臓はバクバクしている。『船木』という言葉と『好き』という言葉が頭の中でグルグルと追いかけっこをして、もしかしてバレてしまったのではないかとヒヤヒヤした。真由ちゃんは「じゃあさ」とわたしの目をのぞき込んだ。
「わたしが好きになってもいい?」
「えっ……」
なにを言われたのかすぐには分からなくて戸惑っていると、他の友だちが身を乗り出した。
「なに、真由ちゃん。船木のこと好きなの?」
「うーん……好きっていうか、好きになりそうっていうか」
「なにそれー。どういうこと? くわしく教えて!」
恋バナが好きな女子たちが、真由ちゃんの周りに集まる。わたしも興味があるフリをして、真由ちゃんの話すことに耳をかたむけた。
「いや、あのね。この前帰ってるときに、重そうな荷物を持って歩道橋の階段を上ってる知らないおばあちゃんがいてね。声をかけようとしたら後ろから船木が『おばあちゃん持つよ!』って走って行ってさ。わたしも一緒に手伝って、おばあちゃんを家まで送ったら、今度はわたしを家まで送ってくれてさ。船木って口は悪いけど、すごく優しいやつだなって思って……それからなんか気になるんだよね、船木のことが」
話を聞きながら身体のどこかが痛むような気がした。お腹が痛いのかノドが痛いのかよく分からないけど、とにかくどこかが痛い。風邪を引いたような息苦しさまで感じ始めたので、わたしはごまかすように真由ちゃんに言った。
「応援するよ。わたしは船木のこと好きじゃないけど、真由ちゃんが好きなら応援する」
「ホント? 美琴に応援してもらったらがんばれそう。ありがとう、美琴」
ニッコリと笑う真由ちゃんに、わたしも「がんばって」と笑顔を返す。上手く笑えているか、自信がない。でも、これでいいんだと自分を納得させた。船木は素直じゃないわたしよりも、素直に「好き」って友だちに言う真由ちゃんの方がいいはずだ。大人だって素直な子の方が好きだし、わたしも素直な子の方が好き。素直じゃないわたしの気持ちは、隠しておこう。
ギュッと両手を握りしめて、その中に自分の気持ちを押し込めた。
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