第71話

「そうですね。これだけ人が多いとはぐれてしまう可能性がありますので、はぐれないように気を付けて下さいね。初めての王都であちこちに目が行くのも無理はありませんが……」


 実はアデレードは王都を訪れたのが、今回が初めてである。


 貴族の令嬢は15歳前後で、王宮の舞踏会で社交界デビューをするのが決まりになっているが、アデレードはまだデビューしていないし、他に王都に行かねばならないような用事がなかったからだ。


 その為、今回が初めての王都である。



「わかりましたわ。まず、今日宿泊する予定の宿に荷物を置きましょう。それから喫茶店で軽食を頂いて、後は宿の部屋で勉強しますわ」


 アデレードはまず宿に荷物を預け、宿からほど近い場所にある喫茶店に向かった。


 店の外観はシックで落ち着くような雰囲気で、それでいて客でごった返している訳でもなく、ゆっくり飲食が楽しめそうだったので、この店に決める。


 アデレードはドアを押して、店内に入る。


 ドアを押したことで、呼び鈴がチリンチリンと可愛らしい音を立て、明るくて愛想の良い女性の店員がすぐに来た。


「いらっしゃいませ! 何名様でご利用ですか?」


「私を入れて5人ですが、いいですか?」


 この時、アデレードはメイドのリノアと護衛を三人連れていた。


 御者は宿に併設されている厩舎で馬の世話をしている為、同行していない。


「奥のテーブル席にどうぞ! メニューはテーブルの上に置いてありますので、ご注文が決まりましたらお声かけ下さい」


 アデレードは店員の指示通り、テーブル席に向かう。


 席に着席したところで、リノアが小声でアデレードに話しかける。


「それにしてもアデレードお嬢様、私達までご一緒してよろしかったのですか?」


「私の為に伯爵邸から王都までお供して下さったお礼のようなものですわ。好きなものを頼んで下さいませ。護衛の皆様は護衛の関係上、今は飲み物のみでお願いします。後で別途食事は購入しますので」


「ありがとうございます、お嬢様」


 アデレードはメニューをぱらぱら捲り、注文を決める。


 全員、注文内容が決まったところで店員を呼び出し、注文する。



 数分後、注文した料理がテーブルに届けられる。


「ハムとチーズのホットサンドと紅茶のセットです。あと、アイスコーヒーが三つですね。ナポリタンは只今調理中ですので、今しばらくお待ち下さい」


 アデレードが注文したホットサンドと紅茶のセットと護衛の三人が頼んだアイスコーヒーはまとめて来たが、リノアが注文したナポリタンだけはまだ少し時間がかかるとのことで、アデレード達は先に食べることにした。


 食べ進めているうちにナポリタンも届き、全員の注文は全て揃った。


「夕食と朝食は宿で頂いて、ランチだけは宿ではなくお店で頂きましょう。試験の前日のランチはローラン様がおすすめのお店に連れて行って下さるそうですわ。前日は学園の在校生は試験会場設営の為に休校なのですって」


「アデレードお嬢様、それはようございました。では、その日は私はお嬢様とは離れた席で一人で食事をしますね。護衛も極力邪魔しないようにこっそり護衛をお願いします」


 リノアは気を利かせて、アデレードに提案した。


 アデレードが気づいているかどうかはわからないが、これは王都での初めてのデートのようなものだ。


 それに割り込むほど野暮なことはしない。


 お目付け役ということで離れた席で見守るだけに留める。


「え? 皆も一緒ではないの?」


 リノアの提案にアデレードはきょとんとする。


「そんなことはしません。それにローラン様もお嬢様と二人でお食事をすることをお望みだと思います」


「それで良いならそうしましょうかしら」



 全員、食事を完食し、食事の代金を支払い、喫茶店を後にする。


 途中、持ち帰り料理の店があったので、アデレードは約束通り護衛の食事を購入し、彼らに渡す。


 宿に戻った後、アデレードは一人で黙々と勉強をし、夕食の時間には宿の中の食事処で食事をする。



 アデレードは同じようなサイクルを次の日も繰り返し、試験前日を迎えた。

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