第5章 工業都市エヴァンザ編 第5話(4)

「はぁ……ホントにラブラブですね、あの二人」

 何の気なしに呟いたセリナの言葉を、サリューがツボを突くように返した。

「あら、あなたもまんざらでもなさそうだったじゃない、セリナ?」

「なッ……何でそういうこと言うんですかやめてください忘れようとしてたのにッ!」

「いいじゃない。仲良きことは美しきかな、よ」

 ふふ、と悪戯っぽくからかいを締めると、サリューは声の色を冷ややかなものに変えた。

「まあそれはそれでいいとして……少しあなたに話しておきたいことがあるの、セリナ」

「へ……サリューさんが、あたしにですか?」

 突然の話にポカンとなるセリナに、サリューは心配そうな調子で話を切り出した。

「ええ……ルベールの体調について、ちょっとね」

「ルベールの体調……あいつ、何か問題でもあったんですか?」

 首を傾げるセリナに、サリューは言いにくいことを言うように告げた。

「今の所はまだそれほどね。でも、あの力……魔力解放。あれ、かなり彼にとって負担になるみたい。傍から見ていても、彼の体内の魔力の乱れは異常だわ。それはルチアちゃんも感じ取っていたみたいだけれど」

「そんなに……なんですか?」

 不安の色を見せるセリナに視線と頷きを返し、サリューは自身の思う所を話した。

「これは私の推測でしかないけれど……ルベールが持つ魔力は、魔女であったお母様の力を受け継いだものでしょう。そしてお母様は戦乱の影響で命を落とされた。そのことがルベールの心に今でも影を落としているのだとしたら……」

 そこまで聞いてサリューの言わんとする所を察したセリナは、驚きを顔に出した。

「あいつは、魔力を解放するたびに、そのことを思い出してるってことですか?」

「ええ。おそらくだけれど、彼の魔力解放は、力と連動している過去の傷痕を再び開かせているようなものなのかもしれないわ。それが彼に心身へのダメージを与えている……それも、私達には想像もつかないくらいのね。彼はそのことを自覚していたはず。だから彼は今まであの力を使わないようにしてきてたんじゃないかしら」

「その通りですよ。さすがはサリューさん、聡いですね」

 サリューの話に、いつの間にか部屋から出て来ていたルベールの声が入り込んだ。どことなく疲れた色の眼を見せる彼に、セリナとサリューは揃って安堵と不安を感じた。

「ルベール……」

「乙女の話の盗み聞きは感心しないわよ。ルチアちゃんはもういいの?」

「ええ、ようやく落ち着いてくれました。今は素直に休んでくれてます。それよりも」

 ルベールはそこで言葉を切ると、決まり悪げに視線を落とした。

「立ち聞きのようになってしまってすみません」

 申し訳なさそうに言うルベールに、サリューもまた申し訳なさそうに目を伏せる。

「いいのよ。むしろこちらの方こそごめんなさい。あなたにとってはデリケートな問題でしょうに、勝手に語ってしまって」

「いいですよ。ほとんどサリューさんの推測の通りです。それに、聞かれて困る仲でもないですしね」

「ルベール……」

 気遣わしげな目を向けていたセリナに視線を返し、ルベールは彼の抱える事情を話した。

「お察しの通り、僕の魔力は母さんの死の記憶と連動しています。力を解放するたび、古傷が開く感覚に全身を消耗するので、今まではあまり使わないようにしていたんですが」

「なるほどね……天然ものの『聖痕スティグマ』か。ジークが嫉妬するわけだわ」

「『聖痕』?」「嫉妬?」

 セリナとルベールがそれぞれ疑問を口にする中、サリューはそっとルベールの前髪をかき分け、その奥にあった額を白い手でそっと慰めるように撫でながら話した。

「さっき、ジークも魔力解放をしていたのを見たでしょう? あれに使われているのは、彼らの母様……ゼノヴィア伯母様の施した『魔術刻印』。身に刻んだ印に魔力を封じ込めて、いざという時に自分の意志でそこに秘められた魔力を解放して力を得る秘術。それ自体とても高度な魔導技術なのだけれど、それを何の刻印も無しにできる稀少な秘法が存在するの。素質を備えた者に偶然備えられるものだから、本当に稀少なんだけどね」

 言いながらルベールの額をなぞり続けるサリューに、セリナが驚きの声を上げる。

「もしかして、それが……」

「そう、『聖痕』という秘法。精神的な『傷痕』を刻まれた人間が、その傷痕の記憶に自らの魔力を刻み込まれたことで、刻印も無しに魔術刻印と同じ力の使役を可能にする。刻印も必要ない代わりに、術者は力の解放の度に古傷を開くから、精神的な痛みを伴うけれどね」

 言って、サリューはルベールの額から手を離すと、呆れたように小さく息を吐いた。

「ジークにとっては、自分みたいな『血の濃い人間』じゃないあなたが自分と同じような力が使えることが、気になって仕方なかったんでしょう。性格も似ているみたいだったしね」

「そうですね。確かに、彼とは何か通じるものを感じました。けど、だとしたら尚更ですね」

「尚更って……何が?」

 訊ねたセリナに、ルベールは決然とした声で言った。

「同じ境遇を持ってる者同士なら尚更、人間への復讐なんてことをさせるわけにはいかないってことさ。今までは正直実感が掴めてなかったけど、ようやく心が決まった気がするよ」

 そう言って顔を上げたルベールは、瞳に新たになった決意を宿していた。

「大事な人を失った気持ちなら僕にもわかる。だからこそ、その感情は復讐なんて手段で散らすべきものじゃない。憂さ晴らしや八つ当たりでどうにかしていい気持ちじゃないんだ。それは失われた人や、今の自分の周りにいる人達への背信だ」

「ルベール……」

 セリナの呼ぶ声に笑顔を返すと、ルベールは胸の内に湧き始めた意志を言葉にしていく。

「もしも本当にそんな気持ちで動いているのなら、彼らは間違っている。だから僕は、彼らの真意を知りたい。そして、間違っているのなら彼らを止めたい。大事にするべきものを見失っているのなら、それに気づいてほしい。彼らの家族である団長やサリューさんが彼らを止めようとしているその想いに。憎しみに心を任せることの悲しさに、気づいてほしいです。誰かを傷付けるより先に、守るべきものがある。そのことに、気づいてほしい」

 そして、サリューさん、と、彼女に真っすぐな目を向けて、決然と宣言した。

「僕は彼らを救いたいです。あなたや団長が願うように。僕にも、力にならせてください」

 その言葉を受けたサリューは、見つめてくるルベールの瞳を見て、嬉しそうに微笑んだ。

「綺麗な目ね。迷いを振り切った、真っすぐな瞳……とても素敵だわ。私達や彼らの痛みも理解しようとしてくれるあなたになら……少し、肩を預けてもいいかもしれないわね」

 そして、ルベールの首に風が纏わりつくようにふわりと抱きついて、微笑みながら囁いた。

「嬉しいわ、ルベール。これからも、肩を貸してもらってもいいかしら」

「勿論です。サリューさんが、僕を必要としてくれるのなら」

 胸に生まれた新たな覚悟と共に、ルベールは少し照れながら、サリューに答えを返した。サリューはその言葉に嬉しそうに笑み、ルベールの首に頬と身を寄せていく。

 幸せに包まれ始めたその二人がふと視線を向けた先で、セリナが顔を強張らせていた。

「サリューさん、今の、って……ってか、話って結局何だったんですか!」

「あら、なあにセリナ? 言っとくけどこっちは先約よ。残念だったわね」

「なッ……あ、べ、べべべべ別に、そそ、そういう、いや、あ、その、いやだから話って⁉」

「ああ、そうね。今いい所だからまた後で部屋で話すわ。女の子同士の話だしね♪」

 動揺するセリナを前に、サリューが楽しそうにルベールに絡みつく。

「さて、そういうことなら遠慮なく頼らせてもらおうかしら。今夜は泊めてね、ルベール♡」

「宿がここってだけでしょう。言っておきますけど、時と場合は弁えてくださいよ」

 絡みついてくるサリューを、ルベールはいつものようにあしらいながら連れて歩く。

「ちょ……っと、待ちなさいよ! 置いて行くなぁーッ!」

 その後を、放心から我に返ったセリナが、半分泣き喚きながら追いかけていった。

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