第5章 工業都市エヴァンザ編 第5話(2)

 コーバッツ公社に辿り着く頃には、空を赤く染めた陽は地平へと隠れようとしていた。

 ルベールは公社に戻るなり、その足を迷いなく公社長室へと向けた。焦燥の見えるその気勢と足取りに、セリナ達は穏やかならないものを感じ取りながらも、彼の足に続いた。

 公社長室の部屋を開けると、ルグルセンが待ち構えるように社長の椅子に座っていた。

「来たか、ルベール。それにルチアも……無事でよかった」

 心配の色が滲み出ていたルグルセンの言葉に、ルチアは深々と頭を下げた。

「申し訳ありません、お父様。私が不甲斐ないばかりに、ご心配をおかけしました」

「無事ならばそれでいい。お前は少し休んでいなさい。私はルベールと話がある」

 ルグルセンのその言葉の真意を読み取ったルチアは、素直にその言葉に従った。

「わかりました。お兄様方、よろしければ後で私の部屋に来てくださいませ」

「ああ、わかった。少しでも休んでおいで、ルチア」

 その言葉と共にルチアが公社長室を去るのを見届けてから、ルグルセンが言った。

「ルベール、それにお二人も。ルチアを助け出してくれて、感謝する」

 その感謝の言葉に、セリナは堂々と胸を張って答えた。

「あたし達は自警団員としてやるべきことをしただけよ。それにルベールの身内だもん。仲間を助けるのに理由なんていらないからさ。気持ちだけはありがと、社長さん」

「ええ、全くその通りね。お気持ちだけはありがたく受け取らせてもらうわ。それよりも」

 そこで言葉を切ったサリューに視線を向けられたルベールが、身を乗り出すようにして、切迫した表情でルグルセンに訊いていた。

「父さん……あれは、いったい何者だったんだ? 僕達がいない間に何があった? 教えてくれ」

「そうか……やはり会ったか。率直に言うと、彼らのおかげで厳しいことになった」

 切り込むようなルベールの言葉に、ルグルセンは重い息を一つ吐くと、話した。

「お前達を助けてくれた騎士とその一隊は、ベリアル宰相の配下の一隊らしい。黒き魔女の動向を察知して、ここに派遣されて来たそうだ。そして彼らは、ベリアル宰相の名の元に、王国全土及びこのエヴァンザの治安維持のための警備運動を起こすことを宣言してきた」

「それって……!」

 その話の裏側を察して声を上げたセリナに、ルグルセンは深刻な顔のまま頷きを返した。

「ああ。おそらく君達の持ち込もうとした議案の対極……ベリアル宰相の指導の元に行われる、魔戒計画も含めた全国的な警備強化キャンペーンだろう。表面上は治安維持の強化を謳っている分、こちらとしても異議を申し立てにくい。全貌が伏せられているとはいえ、町を脅かした凶賊を退治した事実もあって、大義名分は明らかに向こうにある。加えて我々もルチアを助けてもらった以上、無理に異議を立てることは難しくなってしまった」

「くそ……やはり、そういうことだったか……!」

 出来すぎているほどに相手の思惑通りに動いている展開に、ルベールは唇を噛む。

 黒き魔女の使徒――《墜星》の十二使徒とベリアル宰相の勢力は最終目的を共有しており、本来敵対し合う関係にはないはずだった。つまり今回、十二使徒の凶行を阻止するためにベリアル配下の騎士の訪れたとされている一件は、十二使徒側とベリアル宰相側の共謀した八百長のようなものである可能性もある。

 町に混乱を招いた凶賊を退治した官軍に、当然、民衆の信頼は傾くだろう。

 もしも、ここまでを含めて、相手方の計算通りだったとしたら。

「結局、その後に開かれた市議で、件の騎士団の提案は私を除いた全会一致で決定した」

「それじゃあ……」

 成り行きが見えてしまったセリナの声に、ルグルセンは重い頷きを返した。

「私は、アルベルト公の計画への賛同を、市の総意として提出することはできない」

 ルグルセンの言葉に、ルベールが悔しさに全身を強張らせた。

 これが《正解》。ジークの企みをついに最後まで見抜けず、阻止することができなかった。

 だが、失意に傾きかけたルベールの心を、続いたルグルセンの宣言が覆した。

「故に、計画への賛同はこの私……コーバッツ公社長、ルグルセンの単記として提出させてもらおうと思う」

「!」

 ルグルセンの言葉に、ルベールは顔を上げる。

 ルグルセンは、案ずるなとばかりに笑っていた。

「腐ってもエヴァンザの長を長年務めてきた者の名だ。多少の足しにはなるだろう」

「そうじゃない。父さんが単記名義で賛同の意を示すってことは……!」

 それは、この計画に加担したことについての全ての責任を自分一人で負うということだ。

 ルベールのその含意を寸分違わず読み取りながら、ルグルセンはなおも言った。

「皆まで言わずともわかっている。それも受け入れた上での私個人の判断だ。頓挫した時にも責任を取るのは私一人で済む。何より事がうまく運べば何も問題は起こらない。だろう?」

 ルグルセンは、不安げな面持ちのルベールに、ルベール、と呼びかけた。

「このような事態になってまで、今でもお前やルチアに頼るしかない自分を、私は悔しく思う。だからこそ、私は私にできることで、お前の力になりたい。それが、ルミエを失い、ルチアを長きに渡って悲しませ、そして今お前に重責を預けてしまう私の、せめてもの贖罪だ」

 言って、ルグルセンは椅子から立ち上がり、ルベールの元へと歩み寄る。

「私はお前と、お前の導き出す答えに、我が社の命運を賭ける。私とルミエと、このコーバッツ公社の受け継いできた革命の精神に基づき、私はお前にこの王国の未来を託す。私の判断が間違いではなかったことを、お前の導き出す未来の姿で証明してみせてくれ」

 そう言って、ルグルセンは己の責務を預けるように息子の肩に手を置いて、力強く真っすぐな瞳でその眼を見据えた。

「頼んだぞ、ルベール。もう、ルチアを泣かせないようにしてやってくれ」

「父さん……」

 ルベールは、ルグルセンの真っすぐに見据える視線を、ただ受け止めるしかできなかった。

 父の想いを託されたルベールのその瞳が震えていたのを、セリナは横目に見ていた。その様を、サリューは少し高い背丈から見届けるように見ていた。

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