第32話 修行友達、できました。

「まぁ、トロワさんは修行の旅を?」

「そう! 立派な魔王になるために、お父様にそう言われたんだぁ。リチアさんはどうしてこの町に来たの?」



 ウィルが落ち着かない席でそわそわしている間に、トロワはあっという間にリチアと打ち解けて会話を弾ませていた。

 トロワの物怖じしない会話のおかげか、さっきまで控えめな様子だったリチアも、今はすっかり肩の力を抜いて楽しそうにしている。



 そんな二人の横で、ウィルは運ばれてきた『よくわからないけど大変お高いことだけは分かる高級料理』をひたすら食べていた。

 目の前に皿を置かれた際に、何やら難しい言葉を並べられて説明を受けたのだが、ウィルには何一つわからなかった。しかし食べてみればなるほど、美味い。内心の緊張を誤魔化すように、ウィルはひたすら食べ続けた。

 横からソディアックのうんざりした視線が突き刺さるが、無視である。



「ふふふ、魔王ですか? トロワさんは面白い方ですね」

 上品に口元に手を添えてくすくす笑うリチアは、トロワの言葉を冗談だと受け止めたらしい。下手に食いつかれるよりその方が助かる、とウィルは黙って聞いていた。

「私がこの町にいる理由、何だと思います?」

「えっ? うーん、何だろ? 遊びに来たとか?」

 リチアは楽しそうに謎かけをして、トロワは首を傾げて答えてみるが、リチアは穏やかに首を横に振った。



「いいえ、私は遊びに来たのではないのです」

「こんな田舎、頼まれたって遊びにくるもんか」

 さりげなくソディアックが小声で吐き捨てたが、誰も反応しなかった。

「実は……私も、修行の旅をしてるのです!」



 リチアの答えに、トロワは勿論、ウィルまで顔を上げて驚いた。

「え、修行……? 何の?」

「えーっ、リチアさんもなのぉ!? なーんだ、僕達と一緒だったんだねぇ!」

 ウィルの質問をかき消すように、トロワが明るい声を上げる。


「はい、そうなんです。何だか嬉しいですね、うふふ」

「うん! えへへ、お揃いだねぇ!」

「はい、お揃いですね!」

 何故か嬉しそうにするトロワに、リチアまで嬉しそうにしている。

 修行が同じで、何がそんなに嬉しいのか、ウィルにはさっぱりわからなかった。


「お揃いなのはいいとして、あんたみたいなお嬢様が何を修行してるんだい?」

 綺麗に食べ終えた皿を押し退け、ウィルは素朴な疑問をぶつけた。

「花嫁修業にしちゃ、随分無骨だけど」

「貴様、無礼だぞ! お嬢様にそんな態度を……!」

 すぐさま声を荒げたソディアックだが、リチアはそれを制した。


「ソディ、そんなにピリピリしないで。……ごめんなさい、彼は私の護衛なので、少し過敏になっているのです」

 申し訳なさそうにするリチアに、ウィルは気にしなくていいと手を振った。

「修行は……そうですね。己を見つめるというか、もっと強い自分に、今と違う自分になりたくて、それで……といったところでしょうか」

 言葉を探しながら、リチアはそう答えた。


「今と違う自分に?」

 不思議そうにするウィルに、リチアは先ほどまでの楽しそうな表情を抑え、どこか表情を陰らせてしまう。

「もっと強くなりたいんです。私は、今の自分を変えたいのです……ですから、こうして。」

 硬い口調でそう口にするリチアの様子は、何か辛いものを抱えているような哀しさがあり、ウィルはそれ以上聞くことができなかった。先ほどまでの楽しそうな空気は冷え切ってしまい、テーブルには重い沈黙が落ちていく。


「……す、」

 その時、真っ先に口を開いたのは。

「す、っごぉおい! リチアさんは、強くなるために修行の旅に出たんだね! それって、すごいことだよ!」

 興奮気味に大きな目を輝かせたトロワだった。

 予想外の反応をされて、リチアは困惑したように視線を彷徨わせる。


「そ、そうでしょうか? でも、まだ何も……修行の旅も、出発して七日しか経っていなくて、」

「思ったより最近だな」

 ウィルの呟きをかき消して、トロワがそれに応答した。


「えーっ、それじゃあ僕の方がセンパイだ! だって僕、修行始めて二十日くらいだもん」

「そっちも似たようなものじゃないか」

 ソディアックの呟きも、リチアの言葉にかき消された。


「まぁ、そうなんですね! では私達、修行仲間、ということでしょうか?」

「ちがうよぉ、友達! 修行友達だよ!」

 ね? とトロワはピッカピカの笑顔で言い、それを見たリチアは花が開くように笑みを浮かべて頷く。

「はい! 私達、修行友達、です!」


「……何だ、このゆるふわな会話は……」

 すっかり置いてけぼりになったウィルは、ふとソディアックの方を見る。

「……」

 彼は妙に不満げというか、何かが気に食わないという顔で食事を進めていた。といっても、その食事の進みも遅く、仕方なく目の前の食事を片付けているという風にすら見える。


「あんまり食欲ないみたいだけど、なんか嫌いなもんでもあったか?」

 ついウィルがそう声をかけると、ソディアックははっとして顔を上げ、そして思いっきりウィルを睨みつけた。

「人の食事をじろじろ見るなんて、これだから〈劣性リセシブ〉は品がない。ボクは自分のペースで食べているだけだ、放っておいてくれ」

 どうやらウィルは相当嫌われたらしい。悪かったよ、と素直に引き下がったウィルだったが、疑問に残ったことだけでもと質問する。


「なぁ、さっき言ったその……りせしぶ? それ、どういう意味だ? そういえば、さっきの連中にも言ってたよな」

 ウィルの言葉に、ソディアックは苛立った様子で一瞥したが、何か言うより先にリチアが声を上げた。


「な、なんでもないんです! ウィルさん、どうかその言葉はお忘れになって……! ソディ、その言葉は使わないと約束したでしょう!?」

 どこか必死な様子で、リチアはウィルに懇願し、ソディアックを厳しく窘めている。その様子に気圧され、ウィルは頷くしかなかった。

「申し訳ありません、お嬢様。ですがイドラでは日常的に口にする言葉ですので、どうにも癖が抜けないのです」

 謝罪の言葉を口にするも、ソディアックの態度は慇懃でありながら、どこか投げ槍だった。言葉ほど悪いと思っていないことが窺える。


「……ん? イドラ? もしかして、イドラ公国か?」

 その国名に聞き覚えがあり、ウィルは思わず確認するように繰り返した。

「いどら? おにいさま、それはどこのことなの?」

 トロワはきょとんとしているが、ウィルは急に興奮したように口調に熱が籠り出す。


「イドラ公国といやぁ、大陸イチの魔法大国だ。国としての面積や人口は小規模だが、国内の隅々まで魔法が浸透し、庶民の家の中ですら当たり前のように魔法が使われてるって話だぜ。そこを治める大公は勿論、国民の半数以上が魔法技師で、古い家柄の貴族の魔法は一流だって噂だ。それに、すっげぇ昔からある魔法研究施設があるから、大陸中の優れた魔法技師は大抵そこを到達目標にするんだってよ。とにかく魔法がすげぇ国、それがイドラ公国だ!」

 やや早口気味に説明を語るウィル。仕方がない、彼にとってイドラ公国は憧れの国なのだ。


「国としては小さいが、それゆえに国力が豊富で街は豊かで安定している。つまり、そこで働ければ給料も安定、衣食住も安定、俺の将来も安定だ。あぁ、いつかは行きてぇ、そこで働きてぇと思っていたんだ……!」

 ついには恍惚のため息まで漏らす始末。トロワはぽかんとしており、ウィルだけが一人勝手に白熱している状態である。


「低俗な説明をどうも。まあ、お前達に説明するなら、その程度の方が分かりやすいかな? イドラ公国の魔法技術の凄さ、魔法研究所の崇高な理念は、お前達では到底理解できないものだろうしね」

 心底バカにしたように、ソディアックはそう言って顎を反らす。一瞬むっとしたウィルだが、実際これ以上難しい話をされても理解できない自信があるため、言い返しはしなかった。


 魔法を使えるだけあって、おそらくソディアックもその魔法研究所か、それに連なる何かしらの学術機関で学んでいたのだろう。もしそうなら、ウィルよりよほど学力が高いに違いない。年齢はこちらが上でも、知力は必ずしもそれに比例するものではないことは、ウィルもよく理解していた。

「でも、イドラ公国から修行の旅に、って何でわざわざ? イドラぐらい充実した国なら、国の中でいくらでもやりようがあったんじゃないか? あんたは家柄もいいみたいだし、何も女の子一人で……ああいや、護衛一人だけで修行だなんて……」


「……それ、は……」

 リチアの言葉が淀む。それに気付くことなく、ウィルは更に言葉を繋いだ。

「あ、イドラ公国のお嬢様なら、やっぱりあんたも魔法使えるのか? 『イドラの魔法貴族』って言葉があるぐらいだし……」

 せっかくなら自慢の魔法を見せてもらいたい。そんな淡い期待を抱いていたウィルだったが。


「……!」

 リチアの顔色が、明らかに変わった。それに気付いたウィルが言葉を途切れさせると。

「お嬢様、そろそろ食事を終えましょう。彼らはこの後、予定があると聞いています。あまり引き留めない方がいいでしょう」

 不意にソディアックがそんなことを言い出した。それにはっとしたリチアは、慌てて目を瞬かせて表情を取り繕う。

「あ、そ、そうね。私としたことが、お話が楽しくてつい……! ごめんなさい皆様、お引止めしてしまって」


「ううん、僕も楽しかったよぉ! ね、おにいさま! おにいさまも楽しそうにしてたもんね!」

 トロワが明るく応じて、同意を求められたウィルはひとまず頷く。

「うまいもん奢ってもらったし、こっちの方がお礼を言う方だ。ありがとうな、リチアさん」

 別にこの後特に予定はないし、何よりソディアックにそんな話はしていない。だが、今の二人は明らかにこの場をお開きにしたがっていることを、ウィルは何となく察した。

「いいえ、これは私達を助けていただいたお礼ですから。お気になさらないでください」

 そう言って微笑むリチアは、元通りの穏やかな表情に戻っていた。


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