第9話 魔界のクーデター

 魔界、シュトラドーニッツ城にて。


「ソルフレア様、城内の要所は制圧完了しました。抵抗する者はおらず、全員無傷で捕縛しております」


 鎧に身を包んだ男は、跪いて伝令を報告する。それを聞いているのは、真紅の髪、琥珀色の瞳、黒と赤のドレスに身を包んだ女性であった。


「ソルフレア様、やはり無血開城というのは甘すぎるのでは? 見せしめも兼ねて、何人か殺しておいた方が……」

 女性の脇に控えている、小柄で背を曲げている老人は伺うように女性を見上げて、そう提案する。その言葉に伝令役の兵士は明らかに動揺したが、女性の方は違った。


「ならぬ。余の目的は虐殺ではない……現魔王からの王位奪取、それが達成されたのであれば、不要に民を傷つける必要はない。余が魔王となれば、その者達は余の所有物である。余の所有物をみだりに害することは、このソルフレアが許さぬと厳に伝えよ」


 厳しくも品のある口調で、ソルフレアはそう兵士に命じた。兵士は短く応じ、その場を後にして足早に立ち去る。


 二人が立っているのは、魔王城の玉座の間。装飾を彫られた巨大な柱が整列し、その奥に数段高くなった台がある。その上に静置されている椅子が、この魔界アズワーンの王の玉座であった。


「あっけないものですねぇ。もう少し反抗してくれなければ、クーデターのやりがいがないというもの……せっかく用意しておいた兵や武器達が浮かばれませぬ」

 老人は嘲笑うように肩を揺らして笑った。耳障りな笑い声を、ソルフレアは一瞥で黙らせた。


「ロバート、何度も言わせるな。余の目的は、現魔王を玉座から下ろし、余が王位につくこと。それが達成されたことに、何か不服があると申すか?」

「いいえ、滅相も無い。ええ、ええ、順調に行きすぎて、私もいささか肩透かしを食らってしまったのです。まさか魔王様が無抵抗で捕縛されてしまうなんて……」


「……」

 ソルフレアは何も返さず、無言で玉座へと歩いていく。硬い床をゆっくりと歩く靴音が広間に響き渡る。老人、ロバートは手にした杖を改めて持ち直し、ソルフレアへと言葉を向ける。


「やはり、心が痛むものですかな? 血の繋がった御父上に対し、反旗を翻すということは……」

「くだらぬ」


 ソルフレアは短く切り捨てた。たどり着いた階段を踏みしめるようにゆっくりと登り、空っぽの玉座を見下ろす。

「あれが父であったことは、遠い昔の話だ。それに、そんな些末事で痛む心など、このソルフレアには不要。これより新たに魔界を統べる王に必要なのは、鋼より硬き意志と絶対の強さである」


 ドレスの裾を翻し、ソルフレアは玉座に腰を下ろした。硬く冷たい、座り心地の悪い椅子だ。だが、それこそが玉座というものなのだろう。


「ご立派です、ソルフレア様。このロバートめも、これまで貴方様をお支えしてきた甲斐があったというもの」

 ロバートは膝をつき、恭しく頭を垂れた。それを見下ろし、ソルフレアはうっすらと笑みを浮かべる。


「其方のこれまでの献身、余は大きく評価する。これまでと同じく、枢密院主席の座を以てして余に仕えることを許す。……前王の身柄は拘束し、投獄を命ずる。追って余が自ら尋問を行う。それまで他の者は地下牢へ接近することを禁ずる、そのように通達せよ」

「かしこまりました、陛下」



 ソルフレア・ヤン・トゥルーエ。

 魔王ヴィルブランドの長子、第一王女。そして、これより今上の魔王となる者である。



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