第2話 壊れたスマホとじぃちゃんの昔話


「あれ、スマホの電源入んないや。こりゃあ完璧故障かぁ……。俺の小遣いパァだわ」


 脱衣所でパンツ一丁になりながら、うだるような暑さも相まってダランと肩の力が抜ける。

 

 ――あぁ、無常。俺のお年玉、小遣いそしてバイト代。スマホの修理代に消えるの巻。


 電源ボタンを押してみるも、うんともすんとも言わないスマホ。


 テレビの放映内容も、関東とは違うんだよな。

 広島へはテレビに娯楽を求めにきたわけじゃないけど、客間で恐怖なく寝るためには、コテンと眠りに落ちるまで共に過ごしてくれる友が必要だ。


 はぁ、と1つため息をついて、ダメ押しに電源ボタンを長押ししてみる。


 ――ティロン! 『ようこそ』


「良かった……!


 …………?」

 

 点いた灯りにホッとしたのも束の間、見知らぬ番号からの着信をスマホが告げた。


「……?」


 ――『070-4444-××××』? 誰だろ。何かのセールスかな。


「はい、もしもし」


「――××◇◯&◎……ういちさん? ―――」


 ――ブツッ。プーップーップーッ……


「誰だろ?」


 すぐには思い出せない声だった。

 そもそも、さん付けで俺のこと呼ぶ人なんていたっけか。あらかたクラスの誰かだろうけど、一体誰が勝手に俺の番号教えたんだか。


 ……それにしても。


「なんか、可愛らしい声だったなぁ」


 ――ホラ、そこは、俺。健全な高2男子ですから。

 可愛い女子には心ときめくというもの。

 だがしかし。ここは大好きなじぃちゃんたちの家だから。

 俗物的な邪念は一旦、汗と一緒に熱いシャワーで洗い流そう。


 ◇ ◇ ◆ ◆


「ご馳走様!」

「お粗末様でした」


 80代のばぁちゃんは、信じられないくらいに元気だし、驚くほどに手料理が美味い。手先も器用で、昔は縫製工場で働いていたとかなんとか。

 それに、驚くくらい美人で肌が白くてツヤツヤしてる。こういうのを玉のような肌っていうんだろうか。


 ばぁちゃんは絶対モテたはずだ。

 そんなばぁちゃんを射止めたじぃちゃんは、なかなかのやり手だったんだな。このこのっ。


 じぃちゃんは、俺が遠路はるばるやってきたことを喜んでくれたのか、終始ご機嫌でとても饒舌だった。


 ――それは本当に、いいことなんだけど。

 だけど、さ。


 俺にとっては肝が冷える内容っていうか、背筋がゾッとする内容っていうか。


 戦時中の話をたくさん聞かせてくれたんだ。


 徴兵されたこと。

 目覚まし時計のない時代、就寝前に摂る水の量を頼りに朝目覚めていたこと(すげえ……!)。

 原爆が投下されたこと。

 家族を失ったこと。

 被曝して、癌の闘病中であること。

 広島の川には、亡くなった人がたくさんたくさん、重なっていたこと……。


 本当に、たくさんのことを聞いた。


 じぃちゃんたちのお陰で俺たちが生きてる。

 戦争なんて、絶対に繰り返しちゃダメだ。

 暴力が許される正義なんてあってはならない。


 ――語り継いでいこう。

 そう、心に固く誓った。

 風化させてはダメなんだ。

 怖いけど、俺だってもう、高2なんだから。


 ……それは、それとして。

 悪気はないけど、とっても怖い。



 ――ボーン! ボーン!


「ひぃっ……!」

「なんね光一こういち、そんな声出してからに。あらまぁまぁ、もうこんな時間。そろそろ、おやすみなさいね」


 時計の針は22時を指していた。

 美味しい料理で話に花が咲いてしまい、気づけばもう寝る時間だった。


「早起きするんじゃぞ」


 じぃちゃんは、昔から厳格な人だ。

 夜更かししても、朝は絶対規則正しく6時に起きる。


「うん、わかった。おやすみなさい」

「「おやすみ」」


 早起きして成長した姿を見せよう。

 俺はそう思って、食卓を後にした。


 けれど、実現するためには、パタリと眠りにつかないと。部屋の明かりを点けたまま寝れば、怖くないだろ。


 ――俺は安易に思っていた。

 だって、あんなことが起きるなんて、誰も思いはしないだろ?


 ◇ ◆ ◆ ◆



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