限りなく無に近い彼女は俺の夢を見ない

アオイソラ

#1 彼女と俺

「ねぇ、トオル。今日はこれからどうする?」

 

 授業が終わると隣の席から声がかかった。

 サラサラとした髪を揺らしながら、ミリがいつものように笑顔を向ける。

 ミリと俺とは物心つく頃からの付き合いだ。

 家族みたいに感じる時もある。口に出して言ったことはないけど。

 

「そだなー、しばらく街ブラしてないし、アートショップ行くかな」

 

「アートショップいいね❤️ トオルの好きな麦津天師の新曲が今月リリースされてたよね。あとPrinciple Mikeのライブも配信始まってるよ」

 

「お、まぢ?」

 

「まぢ!」

 

「さすがミリ、じゃあ早いとこ行こう」

 

「時間優先だね」

 

 バタバタと仕度を整えて、教室を出て、階段を下り、昇降口へと廊下を進む。

 その間もミリと俺の他愛ない会話は続く。

 

「最初は渋谷区代官山のアートショップaVEBOアベボに行くのでいい? 折角行くならセレクトショップで試着とか、トレンドラインの食べ物も食べたいよね」

 

「ミリってば、いつも欲張り過ぎ(笑)」

 

「えー?! トオルがいつもそうしたがるからだよ」

 

「そうだっけ?」

 

「そうです。トオルのことなら、トオル自身より良く知ってるよ、多分」

 

「……それは否定出来ない(笑)」

 

 付き合いか長過ぎて、一緒に居る時間が長過ぎて。

 両親より誰よりも、俺のことを知っているのが、ミリかもしれない。

 学校を出ると、まだ明るい空が眩しい日射しで歓迎した。

 眩しさに目を慣らしながら、近づく夏の気配を感じていると、

「トオル」

 とミリが左手を差し出した。

 いつの頃からかミリの手は俺の手よりも少し小さくなった。

 もともと可愛い女の子だとは感じていたけれど、最近は俺の好みに近いんじゃないかってドキッとすることがある。思春期ってやつなんだろうか。

 家族みたいに自然に握ってた手を意識してしまう俺がいる。

 

「トオル? ……手を」

 

「うん、行こう」

 

 俺はミリの手をキュッと握って、いつものように自分の側に引き寄せた。

 はにかむような笑顔でミリが見上げてくる。

 ミリと俺の定位置。右耳から響くミリの声が俺は好きだ。

 

「とりあえずアートショップ。遊び終わった時の、時間と腹の具合で次は考えよ? ミリ」

 

「りょーかいだよ、トオル」

 

 そう、右耳から、対面の時より柔らかい、俺の好きなミリの声が響いた。

 

 

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