私の可愛い可愛い猫ちゃん

小林ぬこ

意地悪なご主人様、どうか見捨てないで

新幹線から見える景色は、最初は街中を写していたが、気づけば山や田んぼなどの田舎風景に変わっていった。


街中ではあまり見ることのない雪が積もっている様子が新幹線の窓から見える。

今日は生憎の曇り空だ。


もしかしたら雪が降るかもと天気予報のお姉さんが言っていた。

まるで自分の心情を写しているみたいだなんて、作家みたいな事を思い浮かべて鼻で笑う。


私は、今から自分の故郷に一時的に帰る予定だ。

お盆や年末年始でもない、12月初めの時期に帰るのは初めてだ。


理由は簡単だ。

小学生時代の友人と約5年ぶりに会う約束をした。


5年前、私は就職の為に上京した。

友人は大学生、私は専門学生だった。

彼女より早く就職する私は、迷わず東京行きを決めた。


実家に帰る事は何度かあったにも関わらず、彼女には会おうとしなかっし、彼女からも連絡は無かった。


5年も会わない友人なんて縁が切れたと私は思う。

しかし、1週間前に連絡がきた。


会いたい

たったその一言だ。


理由もわからないし聞かなかった。

彼女が会いたがっている。

それだけの理由で今日、仕事を定時で終わらせて新幹線へ駆け込んだ。


新幹線は、一番最寄りのターミナル駅についた。

新幹線で1時間半で着く名古屋駅だ。

実家付近になると飲み屋はあまり無く、ここから電車で1時間かかる場所な為、今回は名古屋駅で待ち合わせだ。


今住んでいる東京よりも物知り顔で待ち合わせ場所に向かう。

金時計で待ち合わせの予定だ。


待ち合わせの30分前に着いてしまったようで、彼女はまだ居なかった。

少しだけ周りを散策すると彼女と行ったことのあるカフェは有名なスイーツ店になっていた。


「ここも変わったんだな…」

少し、寂しさを感じるのは何でだろうか。

自分が捨てたはずなのだ。


彼女との思い出が詰まった場所を、私が自ら進んで捨てたんだ。


「そこは、先週変わったんだよ。

私もびっくりしちゃった。」


久しぶりに聞く少しアルトボイスの優しい声が私に話しかけてきた。


「着くの早かったね。

仕事終わりに東京からなら遅れてくると思った。」


最後に会った時は長かった髪が短く揃えられていた。

今まで見たことのないメイクをした顔…


笑った時ね笑窪は変わらない。

学生時代に背の順で一番後ろの私に対して彼女は前から数えた方が早い背丈だった。

そこも変わらない。


そう、私の親友がこちらを見ていた。


「久しぶりだね、雪ちゃん。」


「うん、久しぶり海ちゃん。」


挨拶もそこそこに、日本酒が美味しいお店を予約しているとの事でお店へ向かう。

駅から近いが、落ち着いた雰囲気の店だ。


料理やお酒に舌鼓を打ちながら、色々な話をした。


学生時代の話、仕事の話、趣味の映画鑑賞で最近の面白かった映画の話など、本当にたくさん。


雪ちゃんはニコニコしながらお酒を飲んでは、私にも勧めてくる。

実は、雪ちゃんとお酒を一緒に飲むのは初めてだ。


私も飲める方だが、彼女もだいぶ飲めるらしい。

日本酒1小瓶を飲み切るとは思いもよらなかった。


気づけば、お店は閉店の時間になった。

帰ろうと言う流れになるかなと思えば、もう一軒行こうと提案された。


実家最寄りの駅に着く終電まで1時間ある。

行きつけのBARがあるとの事で誘われた。

私が同意したのを確認すると、彼女はしっかりした足取りでお店へ向かった。

彼女の楽しそうな後ろ姿を見ながら、確信する。



私は今日、永い片想いに終止符がくることを…



きっかけは小学生の時だった。

私はクラスからイジメを受けていた。

クラス全員から無視されたりした。


他のイジメを受けていた人の話を聞くともっと酷い目にあっていた人もいる。

ただ、当時の私には、それだけでも辛かった。


皆んなから無視される中、雪ちゃんだけ話しかけて遊んでくれた。

私は怖かった。


私と話すことで雪ちゃんもイジメの標的になることが。

だから、彼女に直接言った。


「私と話してると、皆んなからイジメられるかもしれないよ?やめたほうが良いよ。」


その言葉を聞いた彼女は、怪訝そうな顔をした。


「別に私が話したいから話しているんだし。別の子になんて言われても関係ないんじゃ無いかな?」


涙が止まらなかった。

彼女は自分の気持ちに正直だっただけで、私を助けるつもりも無かったかもしれない。


それでも、私からしたらテレビの中のヒーローやアイドルよりカッコよくて、私のヒーローになった人だ。


彼女の友達でいたいと思った私は、色々なものを怖がっていた自分から抜け出す努力もした。

その甲斐あって、今は物怖じしない性格にまで変わった。


私の全てを変えた人、私のヒーロー


女である私は、女である雪ちゃんに恋をしたのだ。


でも、その片想いも終わるだろう。


彼女には付き合っている男性がいるらしい。

長期休みとは関係なく会いたいと言われた時に頭によぎったのだ。


あ、たぶん結婚報告だ


この1週間、ずっと覚悟をしてきた。

ちゃんとお祝いするって、友人スピーチでもなんでもするって覚悟を…


再度、お祝いを言うイメトレをして覚悟を決める。


連れてこられたBARはオシャレでやはり静かな雰囲気だ。

遠方から来てもらったんだから、奢るから沢山飲んで!と言われ、彼女のおすすめを頼まれる。


飲み切るとすぐに次が出てくる。


流石に酔って来ているのがわかる。

視界がふわふわして、私よりも低くい雪ちゃんにもたれ掛かりながら彼女の話に耳を傾ける。


「私ねー、猫を飼ってるんだけど」

雪ちゃん猫飼ってたっけ?

見たことないよ?


「私の元に全然帰って来なくてねー。」

帰って来ないってヤバくない?

酷い猫ちゃんだね。


「すごい可愛がってたし、向こうも私のこと好きなはずなんだけどね。」

そうなの?


「だって、私の友人やただ話しかけて来た人にすら嫉妬するの。

それなのに、嫉妬したことを隠すんだよ。

可愛いよね。」

嫉妬深いんだね。

彼氏とか大丈夫なの?


「たぶん、凄い嫉妬してると思うんだよね。」

なんか、気持ちわかるなー。

やっぱり、親友とられた身としては分かっちゃうね。


「でも、そろそろ帰ってきてほしいんだよね。」

確かに帰って来ないのは心配だよね。

いる場所の目星はついてるの?


「うん、分かってるよ。」

じゃあ、すぐ行ったほうが良いんじゃない?


「でも帰ってきてくれるかな?」

雪ちゃん大好きならきっと帰ってくるよ。


「じゃあ、帰ってきて貰おうかな。」

今日はお開きかな?

今何時?雪ちゃんと彼氏さんの家の方の終電はうちより30分くらい遅かったよね?


雪ちゃんの会話にちゃんと返事ができているかも分からないくらいに酔っているようだ。

ただ、結婚報告ではなく猫ちゃんの相談だったとは予想外だ。


彼女の肩にもたれかかっていた体を起こそうとすると、自分の手に何かが絡まってきた。

体がびくりと反応する。


少しずつ、視線を下に向けると雪ちゃんの手が私の手に絡まっていた。

恋人繋ぎだ。


「で?私の猫ちゃんはいつ帰ってきてくれるの?」


上から甘やかな声が聞こえた。

もたれかかっていた体を急いで起こすと、酔っているのが明確なくらいに視界が揺らいだ。


そんな私を雪ちゃんは愛おしそうな目で見て艶々な唇で誘うかのように口を開いた。


「海ちゃんの終電無くなっちゃったね。」


思考が追いつかない私に雪ちゃんは手早く会計を済ませてお店を出た。

どこに向かっているかもわからない。


外は雪が降り出し、吐く息は白い。


ただ、彼女の触れている手だけは真夏のように暑い。


気づけば私は室内にいた。

少し高級感あるホテルみたいな場所、ただしベッドは大きめのものが一つ。


酔っていなければ、どこか分かった上で彼女に終電には帰るように言っていただろう。


今の私は彼女の言いなりだ。

雪ちゃんは自分と私の鞄をソファに置き、コートを掛けるように言ってハンガーを渡して来た。


素直にコートをハンガーにかけると雪ちゃんは再度私の手を引き、ベッドへ倒れるように押して来た。


私の身体は素直にベッドへと倒れた。

雪ちゃんはわたしの上に乗っかってきて顔を近づけた。


「やめて、どうしてこんな事するの。

私と雪ちゃんは友達でしょ?」


私の問いに雪ちゃんは艶やかに笑った。

そんな表情の雪ちゃんは初めて見た。


「5年で私への気持ちは消化できた?」


「え…」


戸惑う私に雪ちゃんは笑みを濃くした。


「ずっと隠してるつもりだったんだよね。

これからも、隠して無かった事にする予定だったんだよね。


私への恋心を。」


「い、いつから…」


私の問いに雪ちゃんは眼を瞬かせた。


「中学かな?

同じ高校行くって受験勉強頑張ってたのに突然高校別にしたのも、その理由でしょ?」


あぁ、そうだ。

高校別にしたのも、一人で上京したのも、5年会わなかったのも、全て気持ちを無かったことにするためだ。


だって、雪ちゃんはクラスで可愛いと噂されるくらいの子で、頭も良くて、大人な雰囲気があって…恋愛対象は男性だった。


だから、どんなに仲良かろうが、他の子が呼ばない渾名をお互いにつけようが、特別であろうが一番にはなれない。


中学のとき、雪ちゃんには彼氏がいた。

私が知ったとき、雪ちゃんは意地悪そうに笑った。


海ちゃんが望むなら、別れようか?


私は頷いた。

冗談だと思ったからだ。

だけど、翌日別れたと言う話を相手の男性が泣きながら話しているのを耳にした。


雪ちゃんは優しい、だから友情を大切にしてくれる。

私の気持ちを知ったら答えてはくれないが蔑ろにもしないと確信した。


だから、離れたのだ。

気づいたら目から涙が溢れた。


雪ちゃんは愛おしそうに私を見ると目元にキスをして涙を舐めた。


「私、自分の飼い猫は誰よりも大事にすると決めてるの。」


私は雪ちゃんに心も身体も差し出したのだ。




目が覚めると朝だった。

隣を見ると誰もいない。


夢だったかと思うが、違うことを確信する。


あの夜は雪が降るくらい寒かった、暖房も入れずに冷えた室内にも関わらず雪ちゃんが触ってくれる所は全て熱かった。


男性とは経験はあるが、あんなにも気持ちよく、心が満たされて、乱れたのは初めてだ。


再度ベッドをみるが矢張りいない。

まあ、彼氏もいるし帰ったんだろう。

一夜の夢だ。

それだけでも感謝しよう。


そう考えていると、部屋のドアが開く音がした。

扉を見ると雪ちゃんが部屋に入ってきた。


「あ、ごめん。

コンビニ行ってたー。」


何事もなく笑顔で入ってきた雪ちゃんは、私を見ると意地悪そうな笑顔をむけた。


「身体に痕いっぱいつけちゃったね。

私のものって自覚はちゃんとしてね。」


そう言われて、自分の体を見ると赤い痕がたくさんついていた。

昨日の激しさを物語っている。


恥ずかしさのあまり、布団に潜り込むと雪ちゃんが笑う声が聞こえる。


「私の周りもすぐ片付けるからさ、早く戻ってきてよ。


新しい家探しとくから。

あまり待てないから年末までには準備してね。

私の猫ちゃん。」


にゃあ


私は一言、返事をした。

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