1年1組40番和山和泉、人間です~変身系異能持ちが集う高校に勘違いで入学した無能力者、異能者集団の中で存在感を発揮する~
八百十三
第1話 合格通知
学校の授業が午前中で終わった、ある水曜日の夕方。その日は朝から、抜けるような快晴だった。
家の前の道路にバイクの止まる音がする。ブレーキ音、何かの蓋を開ける重たい音。その音を、部屋の出窓に面した机に座りながら、中学3年生のあたし、
果たして、ドアチャイムを鳴らしながら郵便局の職員さんが呼びかけてくる。
「
「来たっ!」
この日をずっと、首を長くして待っていた。今日は受験した高校の合格発表がある日だ。昨今の情勢がいろいろとあるせいで、受験は駅前の貸し会議室で受験したし、学校に掲示するスタイルではなく各受験者の家に郵送通知。その通知が来たに違いない。
椅子を蹴って部屋を飛び出し、玄関に向かう。玄関ドアを飛び出したあたしが対面したのは、果たして郵便局の職員さんだった。
「はーい!」
「和山和泉さんに郵便です。こちらになります」
きっちりと制服に身を包んだ職員さんが、あたし宛てに届いた大きな封筒を差し出す。封筒には先日の受験日に目にした学校の名前と、校章。「重要書類在中」とあるから間違いない。
パッと心が沸き立つのを感じながら、あたしは職員さんに頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「どうも。またよろしくお願いいたします」
お礼の言葉に、小さく微笑みながら職員さんが帽子を直した。再びバイクに跨り、エンジンをふかす。と、次の瞬間、職員さんのその身体が
目を見開く。『瞬間移動』の
職員さんがいなくなったのを確認したあたしは、家の中に取って返した。手にした封筒を大事に抱えながら廊下を駆ける。
「来たぁぁぁ……! ママー、ハサミどこー!?」
リビングに飛び込みながらあたしはキッチンに声を投げた。果たして夕食の下ごしらえをしていた、我がママ
「カウンターの上の文房具入れにあるわよ。なにー、どこからー?」
「
飛ぶ声に返事を返しながら、あたしはキッチンとリビングを隔てるカウンターに飛びついた。カウンター端、そこにはあたしが小学校時代に夏休みの自由研究で作った文房具入れがある。
紙粘土製のそこの中に立てられていたハサミを取る。急いで、しかし中の紙を切らないように慎重に。焦りで上手く刃先が入れられない。
悪戦苦闘しているあたしに、キッチンからママが顔を出して言った。
「こないだ駆け込みで願書出したとこだったわよね。どう?」
「待って……今開ける」
ママの言葉にあたしは視線も返さずに言った。正直、焦っていてそれどころではない。
程なくして封筒が開き、中の紙を取り出せるようになった。中に入っていたのは、一枚の紙と、入学に際してのガイダンスが書かれた冊子、そして入学手続き用の書類。
目を見開いた。これらが入っているということは。
すぐさまA4サイズの紙一枚を取り上げる。あたしの名前と住所、受験番号が書かれた紙、そこに書かれていたのは、「厳正なる審査の結果、貴殿を合格とし、巽山高校への入学を認めるものとします」の一文。
あたしはすぐさま立ち上がり、両手を天井へと突きあげて叫んだ。
「やっったぁぁぁーーーー!!」
「おー、合格! やったじゃない和泉」
下ごしらえを終わらせたママが、キッチンから出てきて手を叩く。ママの喜びもひとしおだ。
本当に安心した。バスケットボールでのスポーツ推薦の枠から漏れ、何とか一般募集の枠に滑り込めないかと受験したものの連戦連敗、最後の望みをかけて受験しに行った高校なのだ。
やっと合格を手にしたあたしも、今年の春から高校生だ。ホッとしてあたしはフローリングの床に座り込む。
「うわぁ、よかったぁー。このままどこにも合格できないかと思ってた」
「本当よねぇ、一つでも合格できてよかった――」
あたしの後ろでママも、ホッと息を吐き出しながら床に放り出された封筒を取り上げる。と、封筒の文字を見たママが声を上げた。
「あら?」
「なに、ママ?」
不思議そうな声に、あたしもすぐさま振り返る。そしてあたしに封筒を見せてきながら、ママが首を傾げながら言ってきた。
「ねぇ和泉、あなたが受験したい、って言ってた高校、ここだったかしら?」
「え? 『巽山』高校でしょ、間違ってない――」
言われてあたしも目を見開いた。立ち上がって受験に際して中学校経由でもらってきたパンフレットを持ってくる。そこに書かれている校名は、「私立
もう一度手にしたA4の用紙を見る。こっちは、「学校法人
「あれ?」
「ほら、『立見山』高校じゃない、こっちのパンフレットは。別の学校よ、あなたが合格したの」
何度も紙とパンフレットの間で視線を行き来させるあたしに、呆れながらママが言った。
うっかりしていた。どうやらどこかのタイミングであたしは学校を勘違いして、本来受けようとしていた学校とは別の学校から願書を取り寄せ、受験し、何の因果か合格した、ということらしい。
「あれ? じゃあ願書を取り寄せる時に間違えたのかなぁ……送った願書が間違ってるはずはないし……」
「はぁ……ほんとに、ぼんやりしてるんだから。えーと、巽山高校、東京、と……」
あたしの言葉に深くため息を吐きながら、ママはスマートフォンを取り出した。そのまま検索エンジンで学校名で検索を行うや否や、ママが大きく目を見開いた。
慌てた様子でこちらにスマートフォンの画面を見せてくる。
「……やだ。和泉、ちょっと」
「なに、ママ? どうしたの?」
ママが差し出してきたスマートフォンの画面を見ながら問いかけると、画面を拡大したママがうっすらと青ざめた表情で言った。
「あなた、大丈夫なの? ここの高校、
「え、ウソ?」
ママの言った言葉にあたしも目を見開いた。
この世界には「異能」という特殊な能力が存在する。炎を出したり、気温を下げたり、動物を操ったり。そうした異能を持つ人々を
そうした
「……ほんとだ。えー、ウソ。あたし
「そうよねぇ……異能訓練も受けたことはないし、毎年の異能発現検査でも
混乱するあたしに、あたしと同じく
異能は種類によっては、訓練を重ねることで発現することもある。異能発現を目的とした塾なんかも世の中には存在する。しかしあたしは小さい頃からバスケットボールに傾倒してきたこともあり、そうした習い事は一切やっていないのだ。異能についてはまったくのド素人である。
「どうしよう、ママ」
「どうもこうもないわよ、今から他の高校を受験するにしても、間に合わないでしょ」
困り顔になるあたしに、肩をすくめながらママが返す。
それはそうだ、今からどうこうしようと言ったって、どうこうできるはずもない。他の学校の願書受付期間はとっくに過ぎ去り、試験をやっている学校すらないのだ。この異能訓練学校に、何とかして通うしか道はない。
息を吐き出すあたしに、ママが元気づけるように言ってきた。
「それに、異能訓練学校なら学費も安く済むし……ひょっとしたら、後天的に異能に目覚めるかもしれないじゃない。そうしたら強いわよ」
「うーん、そうかぁ……そうかなぁ……?」
肩を叩いてくるママに、困惑しながら返すあたしだ。それは確かに、異能は後天的に発現することもある。だからあたしも毎年毎年、結果なんて分かり切っている異能発現検査を受けているのだ。
しかし今更、異能の発現を期待することも無い。だってもう高校生になるのだ。今から才能が爆発的に開花して、異能が身に付くなんてこと、宝くじの一等に当たるよりもレアなことだ。
入学するしかないが、入学したところでどうなるとも思えない。しかしあたしには選択肢などなかった。ママがガイダンスの冊子をめくりながら話す。
「とにかく、入学手続きに行ってみましょう。そこで説明したら、
「うん。行ってみる」
ママの言葉にあたしも頷いた。とりあえず、行くだけ行ってみよう。
納得したところで、あたしもスマートフォンを取るべく立ち上がる。勘違いで入学したこの学校のことを、あたしも知らなくてはならない。
「じゃ、今週の土曜日にね」
「わかった、お願い」
部屋に向かおうとするあたしにママが、キッチンに入りながら声をかけてくる。
その言葉に返事をしながら、あたしは自分の部屋へと滑り込むように入っていった。
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