妹は引き裂きたい(物理)

ぶんぶん

1話 最近妹の様子がおかしい

 人間誰しも見知らぬ一面を持っているもので、家族とて例外ではない。まして俺と妹は血の繋がらない戸籍上の兄妹だから、余計にそうなのかもしれない。だとしても、やはり最近の妹は、ちょっと様子がおかしい。

「見て見て、お兄ちゃん」

 明るい茶褐色、ボブカットの髪を揺らし、上目遣いで俺の前に立つ妹、ちーさん――引崎 契(いんざき ちぎり)。14歳。両の手で白いA4の紙を横向きに持っている。その真ん中くらいの端を指でつまみ、俺の前で引き裂き始めた。

ビリビリビリビリ

 紙を破く妹は満面の笑顔だ。楽しそうだ。

「ちーさんは人間ハサミなのかな?」

「えへへへ~」

 裂いた紙を投げ捨て、ちーさんは笑顔で左右の人差し指を俺の口の中に突っ込む。そして両側に引っ張る。

「いはい、いはい。あひほふひをはほうほふふは(痛い、痛い。兄の口を裂こうとするな)」

「口裂けお兄ちゃん?」

「ご免こうむる」



 妹が“こうなった”のは1週間くらい前だ。

「ちーさんよ!兄の話をば聞け」

 居間に入るなり、ソファにカバンを投げ捨て、俺は高らかに呼び掛ける。

「聴くよ。契はお兄ちゃんの声音(こわね)を聴く。高揚してるご様子」

 片耳にだけ付けていたイヤホンとスマホをテーブルに置き、ソファの上で正座するちーさん。

「この世知辛い世の中に生まれ出(い)でて10と6年。ついに兄に、彼女ができたのである!」

 感激してくれると思った。この身震えるほどの感動を一緒に分かち合ってくれると思っていたのだ。ところがちーさんの反応は芳(かんば)しくなかった。仮面のように表情は動かない。眼からは光が消えたようで、それはいつも俺を慕ってくれる妹には見られない仕草で。

「・・・裂く?」

「え?何?」

「裂く?契が、裂いてあげる?」

「何を??」

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