第47話 サービスしたいJK♪

 そんな豪勢な夕食を済ませた後は、メイと部屋で軽く明日のスケジュールを決めていく。観光はともかくとして、さすがに二日目は贅沢せずに普通のホテルに泊まる予定だ。


「──じゃ、明日はそんなカンジで! とゆーわけでぇ、あたしそろそろオフロ入りたいな~! 温泉だよおんせ~ん!」

「ああ、メイ楽しみにしてたもんな。じゃあ先にゆっくり浸かってこいよ」

「え? 一緒に入んないの?」

「え?」

「せっかくあたしたちだけの客室露天なんだしさ、他の人は気にしなくていいから一緒に入ればよくない? おにーさん水着持ってきたっしょ? 使いどきじゃん」

「いや使いどきって。露天風呂、そこまで大きくなかったぞ」

「二人くらいヨユーっしょ。今日のこともっと話したいしさっ、ほら入ろっ! 特別サービスで背中くらい流したげるからさ~♪」


 無邪気に俺の手を掴んで引っ張ってくるメイ。またナチュラルにすごいことを言い出したぞこのJK。


『くれぐれも節度を保つこと……くれぐれも……!』


 メイのお父さんの顔がチラつき、さすがにためらいはしたものの、こんなに機嫌の良いメイを不満顔にさせたくないという思いの方が強く、ここは俺が折れることにした。


「……はぁ。ま、フロなら前にも一度やったしいいか。わかったよ。けどメイもちゃんと水着は着てくれよ?」

「アハハ当然じゃん! じゃあたし先に着替えとくからおにーさん出ててくれる?」

「おう」

「んふふっ。よかったねおにーさん? メイちゃんと二人でしっぽり露天風呂なんて、えっちな妄想が現実になるよっ♪」

「んな妄想してないっての! いいからさっさと着替えろ!」

「ハーイ! ぷぷっ、本当は嬉しくてドキドキしちゃってるくせに~。おにーさんってホントわかりやす~♪」

「ぐぬぬ、お前の方から誘っておいてぇぇ……!」


 ケラケラと笑って荷物から水着をとりだすメイ。こっちがどれだけ葛藤してOKを出したと……!

 ただまぁ今夜ばかりはメイの好きにさせてやるかと、俺は握り拳の力を解放して部屋を出ておくのだった。



「──おにーさーん。もういいよー♪」


 客室の露天風呂からシャワーの音が止まり、代わりにメイのご機嫌そうな声が聞こえたタイミングで、室内で水着に着替えておいた俺もそちらへと向かう。

 そこでは既に、水着姿のメイが入浴を楽しんでいた。


「あたし先に体洗っておいたからさ、おにーさんもどうぞ。は~めちゃ気持ちいいよ~♪ ラドン温泉って言って、ちゃんと自家源泉なんだって~!」

「そりゃよかった。広島でそういうの結構珍しいと思うぞ」

「そなんだ? じゃやっぱここにしてよかったねー!」


 お気に入りのあの白いビキニを着て露天風呂に浸かっているメイの姿は、なんだかグラビアめいていてちょっとドキッとしてしまう。だがそれを悟られないように平静を装い、俺もまずは頭からワシャワシャとシャンプーで洗い出す。

 すると「じー」とわざわざ口に出してこっちを見てくるメイ。めちゃくちゃ洗いにくい。


「……いやあのな。メイに見られてると洗いにくいんだが?」

「へへ、やっぱそう? あのときはあたしも洗いにくかったな~。おにーさんがあたしの身体あちこちじ~っと凝視してくれるからさぁ」

「凝視してないだろ! すぐ目ぇ逸らして壁の方向いたっつの! ねつ造するな!」

「えーそうだっけ? でもホントは見たかったんでしょ~?」

「この小娘自分に都合の良い解釈をしおる!」

「アハハゴメンゴメン冗談だって! じゃ、お詫びに約束通りお背中流してあげましょー」


 そう言って浴槽を上がると、水着姿で俺の後ろに座り込むメイ。


「ちょ、メイ? マ、マジで洗ってくれるつもりなのか?」

「そうだけど? イヤ?」

「そういうわけじゃないけど」

「んもーまた緊張してるワケ? いい加減こんくらい慣れなってー。ほら洗っちゃうからねー」


 メイの方はまったく気にする素振りもなく、ボディタオルで本当に俺の背中を洗い始めてくれた。なんだかこそばゆい感覚にそわそわしてきてしまう。


「……なぁメイ」

「んー? どっかかゆいとこある?」

「お前こそ、ホントは緊張してるだろ」


 と言うと、背中を洗う手がぴたりと止まった。


「は? そ、そんなわけないんですけどっ!」

「いや今返事が動揺してたじゃん。それに最初俺の背中に触ったとき、めちゃくちゃおっかなびっくりしてたのわかったぞ」

「うっ。そ、それは仕方ないじゃん! だ、だって男の子の背中洗うのなんて、初めてなんだしさ……」


 ぼそぼそと声が小さくなっていくメイ。鏡を見なくても照れているだろう様子がよくわかる。

 俺は思わず笑って言う。


「はは、悪い悪い! いつもからかわれてるからちょっと仕返しっていうか」

「はぁ~!? も、もー! せっかくあたしがこんな勇気出して特別サービスしたげてるのに! このこのっ!」

「ちょ、痛い痛い痛いって! もうちょい優しく! メイ!」

「ふんだ! 次は洗ってあげないからねっ! 今回だけだからねっ!」


 なんかツンデレみたいなことを言い出しながら背中をゴシゴシ洗ってくるメイ。痛い痛いと悲鳴を上げていたらすぐにメイは大笑いして、また楽しい空気が戻ってきた。


 ──それから二人で露天風呂に浸かる。まだ生温い夏の夜風には、ほんのりと潮の匂いが含まれていた。


「ほへ~…………きもちーねぇ……おにーさぁん…………」

「だなぁ…………やっぱ温泉はいいわ…………」


 故郷で静かな瀬戸内の海を眺めながら、メイと一緒に風呂に入っている。今年の夏になるまでは想像もしていなかったような不思議な状況が、なんだか面白くなってきた。


「──ん? おにーさん笑ってる? どしたの?」

「いや、メイと広島まで来て、温泉旅館で露天風呂浸かってるなんてさ。しかも水着でだぜ。なんかちょっとありえない状況だなっておかしくなっちまって」

「アハハわかるわかるっ。あたしだってヘンだなーって思うもん。けどさ、ヘンな状況の方が忘れない思い出になるし──それってすっごい楽しくない?」


 そう言って、メイは隣でニカッと笑う。

 その気持ちは、俺も同じだった。だから同じように笑う。


「だな。ヘンすぎて面白いわ」

「だよね~! あっおにーさんちょっと待ってて!」

「ん?」


 メイはざばぁと風呂から上がると、バスタオルを巻いてパタパタと部屋に戻っていった。

 そして戻ってきたメイはバスタオルを脱ぐと、その手にスマホを握ったまま浴槽に入ってきた。


「せっかくの露天風呂なんだし写真撮っとこ! ほらおにーさん近く来て!」

「ちょっ!? こ、こんなとこまで撮るのかよ? ていうか撮っていいもんなのか!?」

「こんなとこだからっしょ~? さっき受付でちゃんと撮影OKもらってるからだいじょーぶ! ハイ撮るよ~笑って~!」

「ええええマジで!?」


 腕を伸ばしてスマホをこちらに向け、有無を言わさず入浴中のツーショット自撮りをパシャるメイ。こんな状況で撮られんの初めてすぎてどんな顔すればいいのかわからんが!?


「アハハナニこの顔! おにーさん表情固いって笑ってよ~! ほらもう一枚ねっ。ちゃんと笑わんとAI使って強制的に笑わせんぞ~?」

「どういう脅迫だよ!? あーもう勝手にしてくれ!」


 さらにヘンな状況でやけくそになって笑う俺にメイがまた大笑いして、さらに自撮りを続けたところ──


「──わっ!?」


 浴槽の縁に腰掛けていたメイがつるんと滑って体勢を崩し、そのまま俺の方に倒れてきた。


「ちょっ!? メイっ!!」


 メイの身体を抱き留めるようにキャッチして、そのまま二人で浴槽にドボン。

 すぐに二人揃って湯船から顔を出す。

 

「──ぷはっ! メイ平気かっ!?」

「う、うん! ごめんおにーさんなんか滑っちゃってっ」

「ああ、温泉の成分のせいだろ。ほら、こっちにも滑るから気を付けろって注意書きあるし」

「あっマジだ! 結構ぬるぬるするんだね~……ってあたしのスマホは!?」

「あっち落ちてるぞ。ほら」

「うわセーフ! よかったぁ~~~防水あるけど温泉なんてわかんないしもし水没でもさせてまた壊しちゃったらもう買えなかったよマジでよかったぁ~~~!」


 慌てて湯船から上がり、床にしゃがみ込んで落ちていたスマホを拾い無事を確認するずぶ濡れのメイ。頭からボタボタとお湯が垂れている。

 つい、おかしくなって笑ってしまう。


「ぷっ……ははははは!」

「ちょい笑いすぎじゃない!? いや笑ってとは言ったけどさー! んもーおにーさんっ! ──ぷ、アハハハなにしてんだろねあたしたち!」


 ちょっとプリプリと怒った後、一緒になって笑い出すメイ。

 それからは何でもないことを話しながら、しばらく二人で露天風呂を堪能することになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る