第36話 逆になんで付き合ってないの?

 それからすぐにメイとメイのお父さんは車でマンションへ帰ることになり、今度は俺が見送る番となった。

 メイが「この車後ろ狭いのがな~」と言いながら後部座席に乗り込んだところで、俺はお父さんにもう一度頭を下げる。


「あの、本当にありがとうございました。おばあさまの家、大切に使わせていただきます」

「ああ。何か家に問題があれば連絡しなさい。管理人として出来ることは対処する」

「ありがとうございます。……あのっ」


 運転席のドアを開いたお父さんに、俺は尋ねる。


「どうして、この家を紹介してくれたんですか? 自分の存在は、ご両親にとってあまり歓迎されないものではないかと思っていましたので……」

「…………」


 少しの間を置いて、メイのお父さんはチラッと後部座席の方に視線を向けて言う。


「メイちゃんほど美人でキュートでスタイルも性格も完璧な子はそういない。メイちゃんは間違いなくモテるはずだ」

「え?」

「君はどう思う?」


 真顔で娘をべた褒めした後で前と同じように尋ねられ、俺は少々呆気にとられてから返事をする。 


「──あ、そ、そうですね。そうだと思います」

「だろう? 今時の子は小学生から当たり前に男女交際をすると聞いて、私はずっと戦々恐々としていたよ。だが、今までメイちゃんが男と交際した話は一度も聞いていない。君が初めてだ」

「え、そうなんですか?」

「ああ。そしておそらく本当に交際経験もなかったのだろう。きっかけはいくらでもあったろうに、小さな頃から慎重で臆病なところがある子なんだ。好きでもない男と、とりあえずで交際など出来ないのだろう」

「真面目、ですよね。ちょっとわかる気がします」


 お父さんがうなずく。メイならきっと、もし誰かと交際することになればちゃんと両親に報告をするだろう。それがなかったのならばおそらくそういうことなのだ。


「私が仕事で忙しいのもあるが……普段はなかなかメイちゃんと話す機会もきっかけもなくてね。そんな娘が、最近は家やスマホでいつも楽しそうに君の話をしてくれた。あの家に一人で寂しい思いをさせていたろうから、少し嬉しかった」


 そう話すお父さんの目は、娘を想うとても優しい父親のそれだった。


「つまり私は、何も君に良くしようと思ったわけではない。メイちゃんにとってこの方が良いと判断したに過ぎない。だから君も感謝などしなくていい」

「それは無理ですよ。お父さんにそのつもりがなかったとしても、メイにもメイのお父さんにも感謝してます」


 ハッキリそう言うと、メイのお父さんは少し驚いた顔をして眼鏡を上げ直した。


「……君にお父さんと呼ばれる筋合いはないのだが、まぁいい。ところで君は、現在仕事を探しているそうだが」

「あ、はい。恥ずかしい話ですが、次の定職を見つけるまではバイトなどを続けようかと」

「そうか。アテがなければ私の会社で面倒を見てもいいが、興味はあるかね?」

「え?」

「恋人の君がフラフラとしていてはメイちゃんも困るだろう。一人くらいどうとでもなるが、君の気持ちはどうだ?」


 突然の申し出に、感謝と申し訳なさが同時にこみ上げる。

 けれど、悩むことはなく返答出来た。


「──ありがとうございます。お気持ちは大変嬉しいのですが、遠慮させてください」

「なぜだ?」

「そこまでしていただくのは申し訳ないですし、真っ当に働かれているそちらの会社の方々にも失礼になります。それと……自分の仕事は、自分で見つけたいと思っています」


 お父さんの顔を見てハッキリそう告げると、お父さんは静かにうなずいた。


「せっかくのご厚意に、すみません」

「謝罪の必要はない」


 そうつぶやくその顔は、なんだか少し穏やかなものに見えた。

 お父さんは「コホン」と咳払いをして言う。


「最後に一つ、今後もメイちゃんとは節度ある交際をしてもらいたい」

「え?」

「メイちゃんはまだ高校生だ。成人の君にこそしっかりしてもらう必要がある。認められるのはキスまでだ。それ以上の性的な行為はメイちゃんが成人になるまで決して認め──」

「あの! ちょ、ちょっと待ってください。さっきも恋人って仰っていましたが、俺とメイは別に付き合ってはいないんですが」

「え?」

「え?」


 お互いに同じ反応をする俺たち。


「……付き合って……いない、のか……!?」

「ええと、はい。メイもそんなつもりないでしょうし」

「し、しかし以前にメイちゃんが」

「あ、それは付き合ってもない男の家に通うのはアレだからと……実は彼氏のフリをしてたんです」

「そ、そうだったのか……? では、君とはどういう……?」

「え? ええと……たぶん友達、とか? そんな感覚なのではないかと……」

「友達……え? ともだち……?」


 メイのお父さんは、ちょっと不思議そうにポカーンとした顔でつぶやいた。

 いやまぁ……確かに異性と一体一でお泊まりとかしておいて付き合ってもないのはおかしい……のか? けど今の俺たちの関係を一番正しく伝えられるのは“友達”という他にない気がするしな。あとは親戚のにーちゃんとか?


 と、そこでメイが後部座席から出てくる。


「パパー? 何してんの遅いんだけどー?」

「あ、ああすまないメイちゃん。ともかく君には、今後も節度ある付き合いを心がけてほしい」

「はい。わかりました」


 付き合っていないことが判明したからか、なんだかお父さんの表情が明るくなったという気がした。


「二人で何の話してんの? ほらパパ早く帰ろ。あたし今日はこっち泊まるからさ、いろいろ支度して戻ってこないと」

「「え?」」

「えへへ、こっち来たら久しぶりにおばーちゃんの家で泊まりたくなっちゃった。おにーさん、別にいいでしょ? 晩ご飯も作ってあげるからさ!」


 そう言って笑うメイに、お父さんがわかりやすくガーンとショックを受けた表情をしていた。ちょっと泣きそうですらある。


「あーメイ。俺はいいしメシも嬉しいんだけど、今日はやめとかないか?」

「えっなんで?」

「さっきも言ったけどさ、せっかく久しぶりに家族三人揃ってるんだろ? 今日は家族で過ごした方がいいって。お父さんもお母さんも喜ぶと思うぞ」

「そ、そうだぞメイちゃん! パパはメイちゃんのごはんが食べたいな!」

「ええ~? んー……まーおにーさんがそう言うなら今日はそうしよっかな? ママがごはん作ると冷凍中心になっちゃってちょっとアレだし。はー。ほらパパ行くよ」

「うん! メイちゃんにデパ地下のデザート買ってあるからね!」

「急にニコニコしないでよキモー。おにーさんもいるんだよ?」

「はっ! ゴ、ゴホンッ!」


 慌てて咳払いをするお父さん。いやもう薄々わかってはいたが、やっぱりメッセージアプリでのあのやりとりも本当にこの人だったんだなぁ。娘に対してだけ態度が違いすぎる!


「じゃあねおにーさんっ。あたしがいなくてもごはんちゃんと食べてよ~? また明日にでもくるからさ!」

「ああ、近くに店もいろいろありそうだしなんとかするよ」

「ん! またあとで連絡するから! ほらパパ早く車だしてーっ。早くしないと晩ご飯全部冷凍になっちゃうよ?」

「ハ、ハイハイ! ……いやどうみても付き合っ……え? 逆になんで付き合っていないんだ……?」


 メイに急かされる形で車に乗り込むお父さん。普段の関係が垣間見えたような気がしてつい笑ってしまう。


 そして、去っていく車を見送った。 


「メイにも、メイのご両親にも、それに──メイのおばあさんにもあらためて感謝しないとな」


 振り返って、新たな我が家へと頭を下げるのだった。

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