第26話 布団にもぐりこむJK


『──おにーさん』


 ささやくような甘い声が聞こえた。


 目を開ける。薄暗い部屋の中で、枕を抱えたメイがこちらを見つめていた。


 ──メイ……何してんだ?


『えへへ、来ちゃった』


 そう言うと、メイは掛け布団をめくって俺の隣に入ってきた。


 一つの布団の中、向かい合う体勢で横になる。


 今にもお互いの顔がくっつきそうな距離感で、メイが柔らかく微笑む。


『せっかくのお泊まりなんだしさ、一緒に寝ないともったいないじゃん?』


 ──何言ってんだそれはダメだろ。

 ──……いや、別にいいのか? 確かにそうかもな。


『ふふっ。なんかドキドキするね』


 メイは、穏やかに潤んだ瞳でじっとこちらを見つめている。


『ほら、おにーさんもドキドキしてるよ……?』


 そう言って、俺の胸に手を当ててくるメイ。

 

 ──なんだろう……なんか、いつものメイとはちょっと雰囲気が違うような……。


 ──ていうか……メイ、何も着てない……?



『ね、おにーさん。あたしのこと……好き?』



 メイの顔が、さらに近づいてくる。



『あたしはね……おにーさんのこと…………』



 そっと目を閉じたメイは、その唇をこちらに────。


 ────

 ──

 ─




「──はっ!」


 目が開いた。


 普段とは違う天井。

 そして、なんだか甘い匂い。メイの匂いがした。


 すぐに気付く。そうだメイの家に泊まらせてもらったんだ。


 枕元のスマホで時間を確認。7時半。一度も起きることなくよく眠らせてもらった。


 しかし……。


「……ああ~…………なんつー夢を……!」


 布団から上半身を起こし、思わず頭を抱える。まだハッキリ残っている“夢”の記憶が無性に気恥ずかしい。

 以前もメイに起こされる夢を見たことがあったが、まさかメイとそういうことをしてしまう夢を見るとは……寝る前にあんなこと言われたからか? 二人きりの家に泊まらせてもらった以上、そりゃある程度意識はしちまうだろうけど……自分で思っていた以上に意識していたのかもしれない。


「……おはようございます。…………なんかすみませんでした」


 正座をして、仏壇のメイのおばあさんに朝の挨拶と謝罪をしておく。


 頭を下げていたそのタイミングで、和室の襖がゆっくりと開いた。


「──おにーぃさーん、もう起きてますか~? おはようございまぁ~す」


 様子を伺うように小声で入ってきたのはメイ。

 すぐに目が合い、メイはパッと明るい表情を浮かべた。


「あっ、もう起きてたんだ。よく眠れた? って朝から正座して何してるの?」

「おはよう。ちょっと朝の挨拶を」

「ぷっ、ナニソレおばあちゃんもウケてるよきっと。でどうする? 疲れてるならもう少し寝ててもいーよ?」

「いや大丈夫。起きるよ」

「そっか。それじゃ一緒に朝ご飯たべよっ。卵とベーコンとウィンナー焼いたげるよ~。もちお味噌汁つき!」

「ありがたいおもてなしに感謝します」

「存分に感謝したまえー。ごはんとパンどっちがい? ごはんは昨日の冷凍したヤツだけどさ」

「それじゃあごはんで」

「りょ~。じゃあたしもそうしよっ」


 そんなやりとりをしながら布団を畳み、メイと共に和室を出る。


 チラッと見たメイの横顔はいつもと変わらない。けど、どうにも意識してしまって少しだけ距離をとってしまう。


「──ん? おにーさんどしたの? やっぱお仏壇のあるところじゃあんま寝れなかった?」

「いやなんでも。むしろよく寝られたよ」

「ふふ、やっぱおばーちゃんが守ってくれてたのかも。じゃ先に顔洗ってきてね。ごはん用意しとくーっ」

「わかった。ありがとう」


 脱衣所の前でいったんメイと別れ、バシャバシャと冷たい水で顔を洗いながら己に言い聞かせる。


 ──いいな。あんなもんはただの夢だ。変に意識しなきゃいいんだ。いつも通り。そうだな俺! よし気を取り直して行け!


 と、ちょっと気合いを入れて食卓に向かう俺なのだった。



 メイが作ってくれた平凡で最高な朝食でエネルギーをチャージし、メイがいつも見ているという朝のニュースと占いをチェックして各々出掛ける準備をする。ちなみに占いは俺が1位でメイが2位だった。


「──見てみておにーさん! どお? かわい?」


 玄関前でくるりと回って全身をこちらに見せつけるメイ。

 名称は知らないがなんだか涼しげにひらひらした白いトップスと、ショーパンを合わせた夏の装いはメイらしい活発さと可愛らしさがよく出ていると思った。煤汚れも綺麗に消えている。

 結ばれた髪や帽子、小さめの洒落たバッグにバングル系の小物、手足の爪にはビビッドなネイルが光り、少し派手めなサンダルまで隙がない。プロモデルにもそういないだろうと思えるくらいあまりにも美少女している。なんか周りがキラキラして見えた。


「いいと思うぞ。さすがメイって感じだ」

「へへっなにそれ! モデルさんにスカウトとかされちゃいそなカンジ?」

「されてもおかしくないな。それに比べて俺は……」

「あー、やっぱおにーさんもう少し服買っとかないとだね?」


 昨日と変わらぬ俺の格好に苦笑するメイ。まぁシンプルイズベストではあるんだが。


「だなぁ。スーツはクリーニングに出すとして、普段着が全部燃えちまったのは痛いわ」

「なら今日も買って帰ろうよ。今日はおにーさんも一緒にお店入れるし、あたしが見繕ってあげるからさっ」

「マジか助かる。あ、それじゃその礼も兼ねて今度こそあのかき氷食べ行くか? 前より早めに行けばさすがに残ってるだろ。スペシャルデラックスでもいいぞ」

「えーマジ!? うんうん行く行くっ! やったちょー楽しみなんだけどっ! さっそく占い2位の効果でちゃった! 待ってろスペデラ~!」


 いっきに目が輝き出すJK。これくらいのことでこんだけ素直に喜んでくれるのはメイのいいところだよな。


「泊めてもらった上にあんな美味いカツ丼や朝食までご馳走になったらなぁ。ホテルに泊まるのと比べたらずいぶん安いもんだよ」

「安上がりな女でよかったよねー? でもぉ、2杯食べたらどうなるかなー?」

「な、何っ!? 3000円スペデラをおかわり、だとっ……!?」

「別腹ってさぁ、ホントにあるんだよねー。おにーさんの奢りならなおさらいっぱい食べられちゃいそうだしー♪ いっそお昼を抜いていこっかなー?」

「いやそれはよくないぞ! 昼飯はしっかり食べてから行くべきだ! 高校生にはなおさら栄養が必要だからな! うん! かき氷の前にしっかりメシは食いに行こう!」

「アハハハ必死すぎなんだけど! ほら早くいこっ。あたしの水着も選んでもらうからねー! で、買い物済ませたらかき氷っ!」

「わ、わかったわかった。引っ張るなって。あとメシ! 必ず行こうな!」

「だから必死すぎだってー!」


 笑うメイに手を引かれる形でマンションを飛び出る。


 一面に広がる青空と灼熱の太陽。今日の東京も夏本番らしい猛暑だ。きっと一人だったら出掛けるのも億劫だったことだろう。てか間違いなく出掛けない。


 しかし──


「ひゃー暑すぎなんだけど! でもかき氷が待ってると思えば行けるっしょー! ほらおにーさんいこ!」


 隣にメイがいるだけで、こんな夏日も悪くないかと思えた。

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