42.本とライバル
いきなりカウンターの前に乱暴に本を置かれ、和人と林は驚いて顔を上げた。
「これ借りたいんですけど!」
目の前に凄みを利かせた都が立っていた。
あまりの怒りの形相に、和人は固まってしまった。
「え・・・、あ、はい・・・」
和人は辛うじて返事をすると、おずおずと本を受け取ろうとした。
すると、隣の林が、
「えっと、二週間後の返却になります」
と言いながら、本に手を伸ばした。
バンッ!と本の上に都の手が置かれた。
「え?」
林は驚いて都を見上げた。都はギロリと自分を睨んでいる。
「ひっ!」
林は思わず手を引っ込めた。
それを見た都は急にニッコリと林に向かって微笑んだ。
「ごめんなさい。悪いけど、和人君にお願いしているの。ねえ、和人君、これ借りたいの」
「あ、う、うん」
和人は慌てて都から本を受け取った。
『風と共に去りぬ(1)』
「あ・・・」
和人は小さく呟いた。
これは以前に自分が勧めた本だ。
古い映画が好きな和人は、この名作も漏れなく観ていた。都と一緒に。
都は主人公にあまり共感を持てなかったようなので、原作も読んでみたらと勧めてみたのだ。きっと、映画よりも主人公の逞しさと強さが分かるからと。
和人は自分が勧めた本を選んでくれたことが嬉しくて、ふっと頬が緩んだ。
貸出の手続きを終えると、都に本を差し出した。
「ありがとう。あと、これ」
都は本を受け取ると、小さな紙を和人に渡した。
「じゃあ、後でね。和人君」
そう言うと、くるっと向きを変えて席に戻った。
和人は渡された紙を見て、一瞬、息が止まった。
『202』
急いで裏を見た。
『屋上で待ってます。都』
走り書きでそう書かれている。
和人は顔を上げて、都を探した。
都はいつもの特等席で、カバンに借りた本をしまっている。
その隣の席には高田が座っていた。
★
都はプンスカしながら自分の席に戻ると、少し乱暴にカバンを開いた。
「都ちゃん。今日は本を借りたんだ」
横から声を掛けられ、ギョッとして振り向いた。
高田が隣の席に座って、こちらを見ていた。
「あ、高田君。こんにちは。テストが終わったのに勉強してるの? 偉いのね」
「えっと、まあね」
都はカバンに借りた本をしまうと、立ち上がった。
「じゃあね、高田君。勉強頑張ってね、バイバイ」
「え? もう帰るの?」
「・・・」
いや、帰るわけではない。
屋上で和人を待つつもりだ。
ここだと、あの二人を前に平常心を保っていられない。
「じゃあ、俺も帰るよ。一緒に帰ろう」
「え?」
「俺、都ちゃんに話があるんだ」
「話?」
都は困惑気味に高田を見た。そしてチラッと腕時計を見た。
確かに時間はある。和人の当番が終わるまで、まだたっぷりと。話の一つや二つ聞くことはできるほどに。
しかし、正直、今はそれどころじゃないのだ。
嫉妬から沸き起こる苛立ちが止まらない。他人の与太話など聞いているほど心に余裕は無い。
都はそれほど人間が出来ていないのだ。
ましてや、相談事だとしたら尚更だ。
自分が人に相談をしても、他人の相談に乗るなどという芸当は、都には出来ない。
「うーん、困ったわ。都、帰るわけじゃなくて、これからものすごく大事な用事があるの。だから申し訳ないけど話を聞いているゆとりが無いのよ」
「・・・そうなんだ?」
「うん、ごめんなさい。今度でいい?」
「・・・うん。じゃあ、今度ね」
「じゃあね、勉強頑張って。バイバイ」
都は高田に手を振ると、スタスタと図書室を出て行った。
その際に、カウンター向かって軽く睨みを利かせることも忘れなかった。
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