第9話 こないでほしいんだけど


 最近はどういうわけかいじめがすこし落ち着いてきている。

 王子……アルクスが来ていることが関係あるのかかはわからないが、すくなくともあからさまなものはなくなった気がする。いまだに物がなくなったり、あれこれ陰口は多いけど。あと、仕事も相変わらず押し付けられる。


 選択したドレスを持ってフレデリカの部屋に戻る。

 本当には一度きたドレスはお古としてリメイクしてもらいに仕立て屋に渡しに行くんだけど、フレデリカは同じドレスを着ることを嫌がらないから、こういうお気に入りのものはしっかり選択してまたフレデリカの部屋に戻される。

 重いけど、まぁそんなに大変ってこともない。

 そう思っていたら、うしろからさっと洗濯物を奪われた。


「あ、え、アル?」

「やぁ。こんな重いもの持ってるの?」

「そりゃそれが仕事だし。ていうか取られたらあたしが王子殿下に仕事手伝わせてたって思われて文句いわれるじゃん」


 かえして。とふんだくる。

 見慣れた困ったような笑で、アルクスは隣を並んで歩き始めた。


「ああ、そうだ。いらっしゃい」

「! ああ」


 犬か。

 最近は本当にこの人が王子ってことを忘れがちだ。でも本人がこうやって扱ってほしいっていうんだから仕方ない。多分Mなんだ。ということにしとかないと、あたしのメンタルに悪い。

 そのまま一緒にフレデリカの部屋に向かい、ドレスをクローゼットに入れると、あたしはまた仕事に戻りに部屋を出た。出る前にアルに呼び止められたが、無視無視。こっちは仕事があるんだから。

 階段を降りて、使用人の部屋に向かう。その途中で、あたしは足を止めた。

 いつもと違う噂話が聞こえたからだ。


「それって本当なの?」

「ええ、街に行ったときに聞いたのよ。フレデリカお嬢様が、アルクス殿下を度々お屋敷に呼んでるって。お二人が婚約するんじゃないかって噂よ」

「え、でもそういう感じの御関係じゃないわよね」

「そうなのよ。だから嫌な噂だって言ったのよ。だって、お嬢様が殿下を誘惑してるなんて言ってる人までいたのよ」

「やだ。ひどいわ」

「でも本当に、最近の殿下のいらっしゃる頻度は多すぎる気がするのよね……」


 ああ、もしかして、あたしのせいなんじゃないだろうか。

 殿下が屋敷に来るのはフレデリカのため。それとも、言っていたとおり、あたしに会いに?

 どちらにしても、フレデリカにとっては良いことにはならない。こないだの婚約破棄も、いまだ原因はフレデリカって思ってる人も多いらしい。そんなときに殿下と噂になったら……。

 もし、フレデリカと殿下の間にそういう関係がないなら。ううん。いつもみてるんだもん。ないと思う。じゃあ、あたしのせい?


 そっと置いてあった用意された掃除道具を手に取る。いいや。誰の仕事だって関係ない。今は何も考えずにメイドに混ざって仕事しよう。

 ブラシをもって、階段の手すりを掃除しに向かう。こんなの侍女の仕事じゃないっていつもの文句を思いながら。

 でも、殿下とタメ口きいて親しくするのも、侍女の仕事じゃないわよね。



 夕方。

 屋敷をでて門に向かう途中の殿下を見つけて、あたしは呼び止めた。


「殿下」

「レナ? どうしたんだい。今日は忙しかったみたいだから、声をかけずに帰ろうかと思ったんだが、君から来てくれるとは思わなかったな。実は話があって……」


「もう、こないでほしいんだけど」


 アルクスはすっと目を細めた。沈黙があたしたちの間に流れる


「一応聞くけど、それはレナの意志で言ってるの」

「うん」

「理由は?」


 どうしよう。正直話していいんだろうか。

 いや、そんなのに気にするなって言われるかな。それともわかったって納得してくれるだろうか。

 この王子は王子らしからぬことをするけど、ときどき自己中というか、自分でなんとかするよって言ってなんとかしようと無茶するところがあるのは、なんとなく最近一緒にいてわかっていた。

 フレデリカが仕事がはやいっていうけど、無茶してるから眠そうにしてる日があるのも知ってる。そんな彼に相談したら、きっとやっぱり自分でなんとかしようとするのだろう。無茶をさせたいわけでもない。


「フレデリカに会いに、来てるんじゃなくてさ、あたしに会いに来てる的なこと前に言ってたじゃん。あれ、本気?」

「本気」


 間髪入れずに答えられる。真摯な目があたしを見てた。

 ああ。ほんとうにそうなのか。


「あたしみたいな、粗野な友達めずらしいって喜んでたし、それが理由なんだよね」

「…………」


 今度はすぐには返事してくれない。あたしはなんだかどうでも良くなって頭を振った。


「めいわく」


 一言。告げる。多分アルクスはかなしいかも。あたしだって、友達にそんなこと言われたら、泣くかも。

 俯いたままあたしはなんとか口にした言葉を口の中でもう一度転がす。

 なんとなく、言ってしまった感があって、アルクスの顔が見れなかった。

 

 

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