第48話 少年兵の回顧・13~述懐

「………カールさん。そろそろ、教えて頂けませんか?

 どうしてギースベルト派のあなたが、私を助けてくれるのか…」


 視聴板を眺めていたリーファが、抑揚のない口調でカールに訊ねた。

 彼女の面持ちからは、城内の惨状による悲嘆や怒りはない。焦りすら見せていないが、『話は手短に済ませたい』気持ちは顔からにじみ出ているように見える。


「………どこから、話したらいいか………」


 彼女の肝の座り振りに感嘆の吐息を漏らしたカールは、石製の操作板をベッドへ放り、再びキャビネットの引き出しを開けた。中から取り出した一通の封筒を、リーファに差し出す。


「これは?」

「オレは、城の内情を父に報告していた」


 既に封が切られている封筒から便箋を取り出すリーファと一緒に、ノアも身を乗り出してその内容を確認した。


 黒インクで丁寧に綴られた文面は、城に詰めているカールを鼓舞激励する内容となっていた。

 だが、最後の方の空いた箇所に、何かを焼き焦がした跡が短い文を形作っている。

『ユーニウスの月の五日頃、強襲する。必ず持ち場から離れている事』───と。


 日付が変わったばかりだが、ユーニウスの月の五日とは今日の事だ。

 つまりこれは、今回の襲撃を予告する手紙だった。


所謂いわゆるスパイ…という事ですか?」

「役に立ったかは知らない。上等兵程度でしかないオレが送った報告など、城のうわつらの部分に過ぎないだろうからな。

 だが、側女殿の懐妊の報は真っ先に上げている。今回の襲撃は、恐らくそれがきっかけになったんだろう」


 憮然としているリーファを、ベッドの縁に座り直したカールは冷然と笑い返していた。


(似合わない笑い方をする)


 カールを目で追いながら、ノアは先の彼の姿を思い出す。リーファと本の事で話し合い、頬を緩めていたカールを。

 あんな表情をしていた者が、同じ相手を前にして自分に咎があるように嗤う。それがどれ程の労力を要するか、察するに余りある。


まつりごとは、初代ラッフレナンド王に近い王統が継ぐべきだ。その王位を巡って派閥が出来る事自体が、既に問題なんだ。

『相応しき方に玉座にして頂く為に、の犠牲は付き物だ』───と、父は言っていた。それは、オレも異論はない。

 …だが、王の側女なだけの貴女には関係のない話だろう?目障りだと言うのなら、余所の国へ放逐すればいいだけの事なんだからな。

 なのに───」

「カールさんのお父様は…ギースベルト派は、私も殺したがっているんですね………お腹の子と、一緒に」


 ほんのりと膨らむ腹を撫でているリーファを見て、カールは口元をギリ、と鳴らした。

 やがて悔しさを滲ませて、彼の口から溜息が零れて行く。


「………打診はしたが、聞き入れてもらえなくてな。だからこうして、貴女だけでも逃がそうと思ったんだ」


 リーファを殺そうとするギースベルト派の考えは、別段おかしい事ではない。

 王の落胤らくいんを名乗る者が後々になって王統を主張し、国に戦いの火種を作る事は古今よく聞く話だ。


 加えて、リーファは城の根幹にある魔術システムの構築に関わっている。

 仔細は分からなくとも、その存在は厄介の種にしかならない、と考えるのが普通だろう。


 どう考えても、カールの希望が通らないのは当然だ。


「失礼しマぁす。オ茶ですヨぉ」


 やはり使い魔は空気を読めないものらしい。使い魔”リーファ”は、よく通る間延びした声と共に顔を出し、それぞれにお茶を振る舞った。


「ああ、ありがとう」

「”リーファ”、ご苦労さま」

「あ、ありがとうございます…」


 カールには白磁の取っ手付きカップが、リーファにはガラスのコップが、ノアには小鉢が渡される。人を招く事を考えていなかったのならば、ティーセットが人数分揃っていないのは仕方がないか。


 器の選択はさておき、差し出されたお茶は市場に出回っている中級品の紅茶らしい。水色すいしょくは濃い琥珀色をしており、微かに果実のような香りがある。口に含めば濃厚な味わいが広がり、自然と肩の力が抜けて行った。


 水場の方へ引っ込んだ使い魔達がもたらしたひとときは、凝り固まった頭をほぐすのに一役買ったのだろうか。

 コップの中の紅茶が半分まで減った所で、リーファはぽつりと訊ねた。


「…何でカールさんは、そんなに親身になってくれるんです?」

「!」


 リーファにとっては当然の疑問だったが、カールにとっては受け付けたくない問いかけだったのだろう。彼の体はビクッと竦み、顔は強張こわばり、目は明後日の方向へ泳いでいた。

 そこに彼の繊細な気持ちが含まれているならば、そのまま黙秘を通す可能性はあったが───カップをベッド側のキャビネットの上へ置いたカールは、消え入りそうな声音で答えた。


「………それは、分からない」

「やっぱり、リーファさんの事が好きなんじゃないんですか?」

「だから、それはないと言ってるだろう。しつこいぞ」


 ノアの不躾ぶしつけな質問には即答出来る辺り、気持ち自体に嘘はないらしい。


 不機嫌にノアを睨んでいたカールは溜息と共に眉間を指でほぐし、ぽつりぽつりと感情を吐き出して行った。


「オレも、この気持ちが何なのか、分からないんだ…。

 魔術の道へ引き込んでくれた感謝はある。魔術師として尊敬もしている。こんなオレにも分け隔てなく接してくれる気持ちも嬉しい。

 だが、『これは愛か?恋か?』と問われると、何かが違う気がするんだ。

 ただ、貴女が害されるのが嫌だという、それだけの事だと思うんだが…」


 深刻に項垂うなだれるカールの姿は、その困惑が今に始まった話ではないと感じさせた。恐らく、周囲の者達からも『カールはリーファに懸想をしている』と勘違いされているのだろう。


「”幽霊さん”が、手紙で私に外へ出るように仕向けていたのも、そういう…?」

「…あの時は、そこまで考えていなかった…気がする。やはり師匠が来てくれてから…魔術を本格的に習得してから、だな」


 カールの返答を聞いたリーファはというと、両手で持ったコップに目を落として唸っていた。カールの反応に不満、という訳ではないようで、何か心当たりがあるようだ。

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