第21話 王の戦い・10~乱戦の始まり
(くそ、ふざけんな!こんな話、聞いてないんだが!?)
現王アランが自身の幻影と共に突撃してくる最中、魔術師ツァウバー=ブッフは困惑を深めながら迎撃するべく魔術を打ち続けていた。どこへ着弾しても全く怯む気配がない王だけの軍勢の姿に、ツァウバーだけではなく仲間達も焦りを見せ始めている。
雇い主トラウゴット=ギースベルト公爵から得た情報によると、王が魔術師を愛人にしたのは二年半前、城に魔術システムが組み上がったのも一年は経っていないらしい。
半年ほど前に現王アランが初めて国民に魔術を披露した、という話も聞いてはいたが、公爵は『
(あんな大規模な幻術、国立劇場の幻影演劇でもお目にかかれないぞ?!)
そう思わせる程に、現王アランの幻術は緻密に練り上げられていたのだ。
生き物の形をした幻術というのは、制御が並大抵ではない。失敗すると、各部位が勝手に伸び縮みしたり、関節がおかしな方向へ曲がってしまう。制御に成功したとしても、幻影が全て同じ行動を取ってしまい、逆に不自然に見えてしまう事だってある。
また、自分の分身というのも厄介なものだ。
鏡があれば自分を見る事は可能だが、それはあくまで自身の姿を左右反転させたものだ。それを参考に幻術を発動させても、自身の分身には程遠い出来になってしまう。
幻影の数を稼ぐ為の魔力は工面出来たとしても、一体どれだけ自分を見つめ続け、幻影の挙動に研究を重ね、ここまで仕上げたのか───魔術兵器の研究に傾倒して変人扱いされていたツァウバーが言えた口ではないが、変態的な情熱を思わせた。
(いや、だが所詮は幻術だ。幻影で手数が増える訳じゃない。後ろの馬車が狙われる前に、残った兵で叩けばどうとでもなる)
雇い主の見る目の無さを恨みつつも、ツァウバーはあの軍勢がここへ到達した時の事を考える。
至近距離ならば、さすがに本体を視認出来るはずだ。仲間の魔術師は全員荷台に残っているし、怯えてはいるが後ろにはまだ兵が控えている。単身で挑んできた者を、数でねじ伏せるなど造作も───
(───単、身?)
その言葉に、ツァウバーはハッとした。
先の砲撃で確かにラッフレナンドの軍勢は
(まさか………王は囮!?)
一つの仮説が脳裏を
いつもであれば、酔いが回っていようが眠っていようが感知出来たはずだ。詠唱による行動の遅れが欠点の魔術において、魔力の先読みは出来て当然なのだから。
”魔術師嫌いの国”の方が上手だったなんて、疑いたくもなかった。
「「「───今だ、やれ!!!」」」
森の方から膨らみつつある魔力に仲間達も気付き始めた時、現王アランが声高らかに上げた。そして───
「”シトロフ・スクラ”!!!」
───コウッ!!
野太い声、甲高い音が立て続けに耳を掠めたと思ったら、一本の光の筋のようなものがツァウバーの視界を横切った。追いかけて、急速に膨らんだ風がツァウバーの肌を優しく撫でて行く。
横切った、と表現したが、それは既に通過した後の残滓なのだと頭で理解出来た。既に、何もかもが手遅れだという事も。
「あ、ああ───」
”ダーインスレイヴ”の砲身の側面を見て、仲間の一人が顔を青くして呻き声を上げている。惨状は分かり切っていたが、ツァウバーはそれでも確認せずにはいられなかった。
その光景は、トンネルを開通させた砂の山によく似ていた。せっせと砂を積み、水で固めて、崩れないように少しずつ底を掘り進めて作り上げた穴。
自分でやった訳ではないのに、何故だか達成感があった───空虚な達成感が。
広範囲破壊兵器”ダーインスレイヴ”の砲身に、ぽっかりと穴が空いていたのだ。
西の森の中から放たれた魔力の一閃によって、
これがただの陶器であれば、破損に頭を抱えるだけで済む。しかしこれには兵器としての魔術文字が内蔵されていた。
そして、砲身に穴が空いた時のトラブルシューティングなど、存在しない。
───ボウッ!!!
待機状態のまま砲身で巡回していた魔力は通り道を見失い、荷台全体を包み込む程の大爆発を巻き起こした。
防御する間もなく、ツァウバー達全員が爆発の余波で荷台から放り出されてしまった。
(ああ…)
体が宙に舞い、草原に叩きつけられるまでの刹那に、ツァウバーは荷台の光景を見ていた。
砲身は木っ端微塵に砕け散り、木製の荷台は車輪諸共木片と化して火に絡まれている。栗毛の馬二頭も爆発に巻き込まれ、荷台に引きずられて転倒した。
鉄の檻は爆発の余波で大きくひしゃげ、崩落した荷台から転がり落ちた。中にいた奴隷達が慌てふためいていたが、悲鳴は聞こえない。他の物音も一切聞こえないから、恐らく自分の耳がやられてしまったのだろう。
(おしまいだ…!)
ツァウバーは絶望の内に、草茂る大地に叩きつけられた。
自分を
ふと、体が揺れると思って目をやると、森の方から飛び出てくる大量の兵の姿があった。王を囮にした奇襲など、正規の軍にしてはあまりに野盗じみた戦い方だ。
(いや…”ダーインスレイヴ”の力を恐れたんだな…)
そう思う事にした。国の将校達をそこまで怯ませたのならば、”ダーインスレイヴ”を作った甲斐はあったと言えるだろう。
(この命も秒読みか………そういやぁ、最近はあんまり眠れてなかったなぁ)
少々土臭いが、永遠の寝床が草花香る平原というのも良いかもしれない。
体の力を抜き、ツァウバーは心穏やかに目を伏せたのだった。
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