第15話 王の戦い・4~軍評定再び

「あのような兵器を隠し持っているとはな…」


 高台に設けた根拠地まで戻ってくる事が出来たアランは、作戦会議用のテントの入り口で苦々しく歯噛みした。


 ライゼ平原に続く街道へと顔を向ければ、今も尚討伐隊の兵が少しずつ戻ってきている。他の兵に肩を預け、馬に乗せられて帰ってくる彼らの疲労の色は濃く、状況の深刻さを痛切に感じ入る。


 隣にいたミロシュ=スハルドヴァー大尉もまた、焦燥を込めた渋面で街道を眺めていた。


「はい、想定外です。…しかし我々は、魔術に関しては素人も同然。カモフラージュされて搬入されていたとしたら、どうしようもないかと」

「…そうだな。内戦ならば、魔術師の介入はないだろうと………せいぜいが魔力剣だろうと、たかくくったのがまずかったな…」


 可能性が全くなかった訳ではない。書状を受け取ってから動き出したこちらと違って、アロイスは打倒アランにかける時間は幾らでもあっただろうから。

 全ては、戦いの体裁を整えるばかりでアロイスの動向を見抜けなかった、アランの落ち度だ。


「陛下、お待たせ致しました」


 声をかけられ森の方を見やれば、後方支援の中隊を取りまとめていたレックス=ウォール大尉が戻ってきていた。


「ご苦労、始めようか」


 アラン達が作戦会議用のテントへと入って行く───と、中から老将の喚き声が聞こえてきた。


「遅いぞ、ウォール大尉!───いててて」

「あまり動かないで下さいアダムソン中将、お体に障ります」

「やかましいわ!お前が無理矢理引きずり降ろすからこうなったんだろうが!」

「ボクが降ろさなかったら、あの魔力砲で中将の胴から上が飛んでいたんですよ?孫を抱き上げるのが夢だったでしょう?それで済んだだけでも感謝して、自重して黙って寝てて下さい」

「むぎぐぐぐぐ…っ!」


 中では、隅に積まれた木箱をベッド代わりにしたエルマー=アダムソン中将が、側で介抱しているエドヴァルド=レホトネン大尉に強気にたしなめられている。

 中央のテーブルに冷水が入ったコップを配しているシェリーも、立場が逆転した義理の親子のやり取りを呆れながら眺めていた。


 どうやらアダムソンは、先の砲撃の際にレホトネンに無理矢理馬から降ろされたらしい。その時に腰を強打してしまったようで、現在満足に起き上がれないでいるのだ。

 アダムソンは不満そうだが、騎乗していた馬は首をごっそりと持って行かれてお亡くなりになってしまったので、レホトネンの判断は間違っていなかったと言える。命あっての物種だ。


「アダムソン中将。腰が辛いのなら、救護用のテントへ戻ってくれていいぞ?」

「陛下、そんな殺生な!」

「ならばそこで黙って聞いていろ。───レックス=ウォール大尉、報告してくれ」


 負傷者の相手をしていられる程、アランも暇ではない。中央のテーブルまで移動しながらアダムソンを即座に黙らせ、ウォールに報告を促した。


「はい。まず帰還を確認出来たのは、前線へ出た三百八十四名中、三百十五名。二割程は逃走を図ったものと思われます。

 負傷者の内訳ですが、軽傷者は百十四名、重傷者はアダムソン中将を含め三十名。

 騎馬は何頭かやられてしまいましたが、幸いにも人間の死者は出ておりません」


 アランは怪訝な顔をした。山脈の一角すらも削り取る程の威力だったにも関わらず、被害が余りにも少ない。


「…死者は出なかった、と?その根拠は?」

「”横陣”を展開し、盾分隊が中央で魔力障壁を構築した場合、最も守りが薄くなるのは左右端の班です。

 そして盾分隊と左右端の班員全員の無事が確認出来ました。

 これらの事から、魔力砲で跡形もなく吹き飛ばされた者はいなかったのでは、と考えます」

「盾分隊が斜め上へ砲撃を逃がそうとした時、我々騎馬小隊は降りて伏せるしかありませんでした。

 …馬はやられて冷や冷やしましたが、盾分隊の判断は間違っていなかったと思います」

「………ああ、あの状況でよくあの判断が出来たものだ」


 ウォールの分析とレホトネンの補足を受けて、アランは感嘆の吐息を零した。


 かの魔力砲で、屈む事が出来ない騎馬の多くが犠牲になっていた。人間ならば身を屈めていなければ被害は免れない高さまで、砲撃が掠めていた事になる。

『伏せろ』と発したのは恐らく盾分隊の誰かだったのだろうが、あの一言がなければ首や胴から上がない死体がゴロゴロしていたはずだ。


「それと偵察班の報告です。現在アロイスの一団は、自分達で抉って壊した街道で足止めされています。

 あれ程の重量の物を動かすとなると、整備されていないぬかるみと石ころだらけの平原を馬車で迂回は出来ませんからね。移動再開までには、もう少し時間はかかるかと」


 ウォールからのささやかな朗報に、その場にいた誰もがほっと胸を撫で下ろす。

 アロイスの一団も、街道が通行出来ない程になるとは思わなかったのだろう。こちらも誤算ばかりだったが、あちらもそれなりに予定が狂ってしまっていると見て良さそうだ。


「あ、あちらが後先考えてなくて良かったですね…」

「何を悠長な事を。問題はこちらの士気です。

 三百十五名中、半分以上が使い物にならない程に疲弊しています。神経衰弱で膝を抱えて動けない者も多い。

 魔力反射付き、魔力障壁付きの盾共々、第二中隊分は全損。第一中隊用の魔力反射付きの大盾も破損してしまいました。現在、あの魔力砲を防ぐ手段がありません」


 ウォールにぴしゃりとたしなめられてしまい、レホトネンが即座に恐縮した。側で大人しく横になっていたアダムソンに、ニシシシ、と笑われている。


 無骨な親指の爪を噛み、スハルドヴァーが険しい表情で震えていた。


「盾分隊のランタサルミが、余計な事をしなければ…!」

「言うな、スハルドヴァー大尉。

 あの砲撃は、第二中隊の全ての盾と、第一中隊用の魔力反射付きの大盾が無ければ防ぎきれなかった。

 仮に第二中隊を犠牲にして第一中隊が無傷で残ったとしても、次の砲撃はどの道防げまい」


 第二中隊に突っ込んで行って両手両腕を負傷したアハト=ランタサルミは、少し前に救護用のテントでスハルドヴァーから厳しい叱責を受ける事となった。配属されている第一中隊の軍紀を乱し危険に晒した行為は、軍務上許されるものではないからだ。


 第二中隊を守れたのもあくまで偶然であり、最悪第二中隊諸共死んでいた可能性だってあった。結果的に砲撃を防げたと言えるだけで、アハトの行動は蛮勇以外の何物でもない、という訳だ。


 褒められるかと思いきやこっぴどく叱られてしまい、アハトの落ち込みが相当なものだったのは言うまでもない。テントにいる者達からは慰められているが、当分は引きずってしまうだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る