第8話 討伐隊の出発
───そして時は過ぎて、ユーニウスの月の二日、昼。
「ラッフレナンドに、栄光あれ!」
「「「「ラッフレナンドに、栄光あれ!!」」」」
ラッフレナンド城、本城正面の広場。
中央で剣を高らかに掲げたアランの鼓舞によって、志願兵達の
遠巻きに見守っていた、城に残る者や志願兵の家族などからは歓声があがり、討伐隊全体の士気が一気に膨れ上がる。
白を基調としたラッフレナンドの国旗が続々と掲げられていく。出陣を祝福するような晴れやかな空に、獅子と馬、王冠と長剣で構成された刺繍がはためいている。
この良日に、アランを大将に据えた五百七十五名の志願兵で構成された討伐隊は、ラッフレナンド城を出発する。
数は多いが、後方支援に従事する者もそこそこおり、全ての兵が前線で切り結ぶという訳ではないらしい。とは言え、ラッフレナンド城勤務の兵士の一部も志願兵として加わっており、魔力剣を携えて意気揚々と発つ姿もある。
(アラン様………どうか、ご無事で)
歓声を背に討伐隊が出発する中、リーファは本城3階南側の中庭から彼らを見送っていた。出来れば外で他の者達と混ざってアランの無事を祈りたかったが、混雑を嫌ってアランに止められていた。
組んでいた両手を解き、へその下を撫でる。医師の見立てでは、リーファの体は現在妊娠十五週に入っているらしい。
服を着ているとあまり変化がないように見えるが、脱げば下腹部の膨らみがほんのりと目立つようになっていた。まだ辛いとは思っていないが、仰向け寝にちょっとだけ違和感を覚えている所だ。
また、内側も日々変化してきているようだ。
最初の内はそこそこ悩まされたつわりも、最近は少しずつ落ち着いてきている。食欲も戻ってきており、変わりゆく自身の体型をアランと一緒に楽しむ余裕が生まれていた、そんな時期でもあった。
「さあ、リーファ様。お体に障りますわ。そろそろお部屋へ戻りましょう」
リーファを呼ぶ声に振り向くと、艶やかな金髪を編み込みメイドキャップでまとめたメイド・マルタが立っていた。いつもなら同期のサンドリーヌと一緒にメイド長シェリーの補佐に回る清楚な彼女だが、今日ばかりは品のある微笑が
それと言うのも、今回の討伐隊にシェリーとサンドリーヌが参加している為だった。シェリーはアランの身の回りの世話に、サンドリーヌは後方支援に参加するらしい。
サンドリーヌが討伐隊に参加するのは意外だったが、『戦場で傷付いてギリギリの精神状態に置かれている殿方を介抱するのがたまらないんですぅ…!』と若干危ない発言をしつつ参加理由を話してくれた。一応必要最低限の護身術は心得ており、男性を投げ飛ばした事もあるのだとか。
そんな理由で、城に残ったマルタがメイド長代理として他のメイド達の管理を任されているのだが───
(…少し、過保護なのよね…)
加減が分からないのかそう引き継ぎをされているのか、今朝方からリーファの周りをマルタがついて回っている状態だ。メイド長代理の仕事は多岐に渡るだろうに、リーファが動き回るとマルタの気が散ってしまうようなのだ。
リーファも、マルタの迷惑になりたいとは微塵も思っていない。彼女の負担を減らす為に、アラン達が帰ってくるまでは大人しくしていた方が良さそうだ。
「…そうですね。部屋へ戻って、途中になってたベビードレスを仕上げておきます。
後は…毛糸で何か編み物をしてみましょうか。臨月の頃は寒いでしょうし。
ニット帽、ケープ、ロンパース………何を作ろうか、悩みますねえ」
部屋へ籠る提案をそれとなくしてみると、マルタの表情がぱあっと明るくなっていった。
「そ、それでは、洋裁室から毛糸を多めにお持ち致しましょう。
…あの、昼食、夕食も、お部屋へお届けしてよろしいでしょうか…?」
側女の部屋がある3階は浴室もトイレもあるから、食事まで届けられてしまうと他の階へ移動する理由がほぼなくなってしまう。
3階へ留めておきたい気持ちを隠そうともしないマルタを見て、リーファは思わず失笑してしまった。
「ええ、よろしくお願いします」
「承りました。それでは、お支度をして参ります」
マルタは丁寧に頭を下げ、どこか上機嫌にそそくさと本城の中へ戻って行ってしまった。
一人残されたリーファは、城壁門の方へと顔を向けた。
既に討伐隊の姿は無く、その先の石橋から聞こえてくる蹄と軍靴の音色も霞んでいる。次第に、ラッフレナンド城の日常に紛れてしまうだろう。
討伐隊には、見知った顔の人達が大勢参加している。アラン、シェリー、サンドリーヌは言わずもがな、3階の巡回担当のアハト一等兵も、功を立てたいと参加に踏み切ったようだ。
一方で、城に残っている者もいない訳ではない。ヘルムートは王不在の補佐を理由に参加を見送り、カールは家の事情で不参加を決めたらしい。ノア一等兵は当初参加を希望していたが、訓練が厳しくて取り止めた、と聞いている。
(…私は私で、出来る事を)
ほんの少し
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