第4話 不妊検査・2~男性編

「ハイ、お疲れサマ」


 時間としては五分程だろうか。リーファの検査が無事終了した。

 テスタの手が離れていくと、乱れていた呼吸が整っていき、先の感覚が嘘のように消え失せていく。目頭は熱いが、気持ち自体はすっきりしていると言ってもいいかもしれない。


「あ、ありがとうございました…」


 リーファはゆっくりとソファーベッドから体を起こし、笑顔を浮かべるテスタに頭を下げる。

 そして、ふらふらになりながら診療スペースから出ると、目の前に腕を組んだアランが立ちはだかっていた。


「う…」


 分かってはいた事だが、リーファの口からつい呻き声が上がる。

 アランは眉根を寄せ、こめかみには青筋が浮き上がり、唇は真一文字に引き締め、顔全体で憤怒を表現していた。


「り、リーファ、大丈夫だったかい?なんか、すごい声がしたけど?」


 何も言えずにいると、ヘルムートがアランの横から顔を出してきて、愛想笑いを浮かべている。その表情から、相当なだめるのに苦労した事が伺えた。


「あ…うん、はい。全然、大丈夫です、はい。

 スカートの外側から調べてもらってて………初めての感覚で、戸惑ってしまって」

「ふむ、お前のをヤツが奪ったと?聞き捨てならんな」


 アランの口の端は吊り上がっていたが、その深い藍色の目は笑っていなかった。衝立の向こうのテスタに向けて、殺気めいた視線を向けている。


「け、検査なんですから、仕方がないじゃないですか。そんなに、怒らないで下さいよ…」

「怒ってなどいないさ。いないとも。当然だろう、検査なのだから。

 だが何をされたのか、今夜じっくり聞くから覚悟しておけ」


 まるで不義を責められているかのようだ。

 何の落ち度もないのに怒られているようで、リーファは口を尖らせた。


「服越しに触られてただけなのに…」

「夜まで待たなくても、今から体験出来るよ。王サマ」


 リャナからの声が背後からかかり、アランもリーファもそちらに顔を向けた。

 見れば、テスタとリャナが衝立の側に佇み、ちょいちょい、と手招きをしている。


「ハァイ、王サマ。次は、ア・ナ・タ」


 艶めかしい手つきで衝立の中へ招くテスタを見て、これからアランの検査が始まるのだと気付くのに、ほんの少しだけ時間がかかった。


「ん?わ、私もやるのか?聞いていないが」


 アランは戸惑い、確認するかのようにリーファに顔を向けてくる。

 リーファも、まさかアランまで検査するとは考えておらず、目を丸くして首を横に振った。


 一方テスタとリャナは、こちらの反応を見て顔を見合わせていた。どうやら互いに齟齬そごが生じていたらしい。


「不妊の検査って言ったら、男女やるのが基本でしょ?」

「不妊の原因は女にあるものだろう?」

「はぁ?考え方古すぎー」


 呆れるリャナに対し、テスタはうなずきつつ男性の不妊というものを説明してくれる。


「不妊の原因は、男女それぞれにあるのン。

 男性の場合、造精機能障害、精路閉塞障害、性機能障害の可能性があるわねぇ。

 検査をやりたがらない男性は多いケド、潜在的に男女比は半々じゃないかって論文も出てるんだからぁ」

「女と違って、男はが体から飛び出てるし、ストレスにも熱にも衝撃にも弱いんだよ?

 やんないでどーすんの」

「り、リーファ…っ?!」


 二人の夢魔にぐいぐいと詰め寄られ、アランは珍しくたじろいでいた。リーファに向けてくる面持ちも、不安と困惑半々、といったところだ。


(ど、どうすれば…っ?)


 予定外の事態に、リーファは逡巡した。

 男性向けの検査がどんなものなのかは分からないが、リーファが受けたものと同じならば、アランもそれなりに我慢をしてもらう事になる。

 しかし後顧の憂いを断つ為にも、アランにも検査を受けてもらいたい、とは思っているのだ。

 あまり無理強いは、したくないのだが───


「えっと…本当に、服越しに触られるだけですから…。

 私は、そういうのあまり気にしませんし…」

「──────」


 リーファが苦笑いを浮かべて後押しすると、アランは絶句して顔をさっと青くしてしまった。


「ほらほら、後つかえてんだから、さっさとやる」

「ぐ、ぬう…!」


 リャナに背中を押され、テスタに腕を掴まれ、リーファに見送られたアランは、狼狽した様子で衝立の向こうへ引きずり込まれていった。


「…本当に、服越しに触られただけ?」


 三人の姿が完全に消え、支度が進められる物音だけが聞こえるようになった頃、隣で呆然としていたヘルムートが恐る恐る訊ねてくる。


「本当ですよ。こう、おへその下をナデナデしてもらっただけです。

 男性は…どうでしょうね?ちょっと大変かもしれませ───」

「ふぐうっ!?」


 スカート越しにへその下を撫でて説明しようとしたら、衝立の向こうから得も言われぬ悲鳴が上がった。

 びっくりしてふたりでそちらに顔を向けると、何やらバタンバタンと暴れるような物音が聞こえる。


「ひっ…ちょ、待てっ………おあぁあ!?やめ、止めろぉ…!!」

「んー?あらぁ。ちょっと感度が悪いわねぇ。折角だから精密検査しちゃうわねぇ」

「せ、精密っ?いや、ま、待て、待ってくれ………。

 ぬっ、脱がすなっ………いや、いやだぁあ………!」


 一体何が行われているのか。賑やかな音に紛れてアランの拒絶が聞こえてくるが、それも次第に呻きと懇願に置き換わっていく。


「ひぎっ………あ、ぐぅっ………ぬぁあ………あ、あうぅ………あっ───」


(き、聞いた事のない呻きが…)


 魔力循環の訓練で似たような反応はされたが、この検査はそれ以上かもしれない。何をしているのかは全く分からないが、嫌がるアランに抵抗も許さずに進めるあたり、さすがはインキュバス、といった所か。


「………………っ!」


 ぎり、と何かが軋む音に横を見ると、ヘルムートが犬歯をむき出しにして衝立の方を睨んでいた。酷く険しい表情をして、肩を戦慄わななかせ、今にも衝立の奥へ飛び込んでしまいそうだ。


「だ、大丈夫、大丈夫です。

 検査、検査ですから、ねっ?すぐ、すぐに終わりますから───」


 リーファは慌てて衝立とヘルムートの間に割って入り、いきり立つヘルムートをなだめようと必死に声をかけ続けた。

 自分が検査の時は、こんな光景が広がっていたのだろう、と容易に想像が出来た。

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