第22話 期日間際の胸三寸・1

 ───日々はあっという間に過ぎ、いつからか朝は時折霜が降りる時期となっていた。

 寒風が強く、ピクニックに向いているとは言えない季節ではあるが、特訓の為ならば多少の寒さは我慢しなければならない。


「”空よ喝采せよ、地よ豊祝とよほぐがいい。これより行うは祝賀の宴、万象の繁栄を願う祈りの儀式”」


 アランの詠唱が、祠と墓碑が置かれたラッフレナンド城北の離れ小島に響き渡る。常日頃、下々の者達を激励し叱咤し鼓舞するアランの声は、この小島のどこからでも聞こえてきそうだ。


「”中天を彩るは真実の華、風に舞うは祝砲の囁き、富貴の愛は大地を照らし、祝福は降り注がん”」


 ダイヤモンドリリーの花束を添えた墓碑の側で、リーファはティータイムの支度を続けていた。

 木製の組み立て椅子とテーブルは思いの外丈夫で、ぐらつく心配は全くない。テーブルを囲むように四方に防風の紋を施した石を設置しているから、寒さはともかく内側は風もなく穏やかなものだ。


 コーヒーの雫がフィルターを通してサーバーに落ちていく。香ばしい風が鼻を掠め消えて行く。


「”今こそ願いは”………っ………、………!」


 アランの詠唱も順調かに見えたが、最後の所まで来て腕輪型の発動体に注ぎ込まれていた魔力が途切れてしまった。形を崩した魔力の奔流は、その在り方を見失ってしまい敢え無く霧散してしまう。


「………………………」


 背中を向けてしばらく黙り込んでいたアランだったが、おもむろにこちらに顔を向け不機嫌に睨んできた。


「…香りで気が散った。お前の所為せいだぞ」

「もう一時間も頑張っているんですから、集中力が途切れても仕方がないですよ。

 少し休憩をしましょう。ね?」

「…時間がないのだがな…」


 溜息を零し、アランは防風の結界の中へと入ってきた。椅子に腰かけ、コーヒーのカップを受け取る。


「以前よりもずっと上達してきていますよ。

 でも詠唱が長いので、唱えている間にちょっと不安になって来るんじゃないですか?

 多少の言い違いは全然気にしなくていいですから、後は気持ち次第ですよ」


 ミルクと角砂糖を足してちびりちびりとコーヒーを飲んでいるアランは、不満そうに唇を尖らせる。


「まだ一度も成功していないではないか」

「今日始めたばかりの時はいい感じでしたよ?」

「補助ありだっただろうが、あれは」


 カップをテーブルに置き、アランはタルトタタンが乗せられた小皿を手元へ引き寄せた。


「お前には私の苦労など分からんよ。

 明かりを灯す。真水を作る。湯を沸かす。風を防ぐ…これらの事を、魔術で容易たやすくやってみせる。

 ああ───今すぐ、二ヶ月前の自分を殴りに行きたい」


 甘いものに目が無いアランだが、菓子を頬張るその表情は憂いが帯びている。


 ◇◇◇


 ───騒動の発端から、二ヶ月弱が経過した。


 結局、魔術披露の期限延長は叶わなかったが、代わりに年始から年末の夜に日程が変更となった。既に城下にも知らせが行き渡っており、変更がきかない状況だ。


 魔術に必要な物品も無事集まり、披露する際の下準備もある程度進められている。


 あとは、アランが魔術を使いこなせるかどうかという話なのだが───


 自身と物体の間の魔力を循環させる技術は、かなり早い段階で習得していた。


 昼の魔力剣の訓練と夜のリーファとの訓練は効果的だったようで、ターフェアイトは『こんなに早く感覚を掴めるとはねえ』と感心していた。


 これにより、自身に対しても他者に対しても行える治癒魔術の基礎は使えるようになっていた。


 傷を癒す魔術は覚えていてもらいたかったし、披露する魔術もこれで良いのではないか、とリーファは思ったが、アランはそれを良しとしなかった。


 アランの熱意にされて、予定通り披露する魔術の練習を始めたのだが───ここで一つの問題にぶつかった。


 この魔術は高所へ打ち上げる必要があるのだが、アランとの距離が離れると状態を維持出来なくなってしまうのだ。

 アランから離れた途端、魔力の塊が霧散してしまう。あるいは離れていかずに場に留まってしまう。


 ターフェアイトはこの現象について、


『性格に起因してるのかもねえ。魔力が遠くに行ってもちゃんと発動するか、自信が持てないのさ。王サマ、もしかして友達少ないんじゃないかい?』


 と言っていて、アランが近しい者に執着したり、定期的に城を巡回してしまう癖を見透かしているようだった。


 しかし『後は気持ち次第だろう。いつかはコツが掴めるさ』という師匠のげんを信じて、こうして練習を続けている訳なのだが。

 披露まで一週間を切った今に至っても、お世辞にもかんばしいとは言えない状態が続いていた。

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