第15話 厄介者は災厄と共に・7
残されたバンデは、視線をどこへやっていいのか困っているようだった。顔を逸らして、ラウルをちらちらと見てくる。
ラウルはバンデと向かい合うようにその場に座り込んだ。ぺち、とつい地面を尾で叩いてしまう。
内心、心臓は張り裂けん勢いでバクバク鳴っていた。
ここに来てからバンデとロクに話せておらず、まだどんな子なのかも知らない。
バイコーン部分の見た目はラウルに似たようだが、おどおどしたラウルの性分はあまり似なかったのではないかと思う。ちょっとやんちゃそうに見えるから、もしかしたら性格はリゼットに似たかもしれない。
でも、これは全部ラウルの想像だ。話してみないと分からない。
そして、大切な事はまず最初に言わなければならない。
「…バンデ」
「お、おう」
「ゴメンね」
「…ん?」
開口一番これなのだから、バンデが怪訝な顔をするのは分かっていた。だが、代わりにこっちを向いてくれたのは幸運と言えた。
(顔もボク似だなぁ…)
バンデの顔立ちを見て真っ先に思い浮かんだのは、術具を使って人間に化けた当時のラウルの顔だった。リゼットに見せたら、『ん~~~、案外、普通ね?』とちょっとだけがっかりされてしまった顔だ。
(でも、瞳の色はキミに似たね…リゼット)
少し黒みを帯びた紫色の瞳を見て、リゼットを思い出す。品がありながら、意思の強さを感じさせる良い瞳だ。
「…キミは敵討ちをしたくて今まで頑張ってただろうに、ボクがその機会を奪ってしまった。
それにボクは、キミを生かす手伝いをした人間達も殺してしまったかもしれない。
なんて、詫びたらいいかな…」
バンデの顔からは、『なんだそんな事か』と半ば呆れるような表情が読み取れた。
「…いーよ、別に。村でメシくれてたやつも、イヤイヤやってたみたいだったしな。
おれを助けてくれたのは、母さんと、奴隷商人のおっさんだけだ。
おっさん結構強かったから、今も元気にしてるだろ」
「…そっか」
ラウルは胸をなでおろした。
「…あんたは、いいのか?」
バンデの急な問いかけに、ラウルは顔を持ち上げた。
見やると、バンデは後ろめたそうに目を逸らしている。
「おれにつけた”リヤン”って名前、勝手にあいつにあげて…」
どうやら誰の断りもなく名前をあげてしまった事を気にしているようだ。
”リヤン”という名前は、リゼットの懐妊を知った時に考えた名前の候補の一つだった。
リゼットが息子にそう名付けた事も、息子がバンデという名になった事も、”リヤン”を彼女に与えた事も、つい先程知らされた話だ。
愛着が全くないと言えば嘘にはなるが。でも。
「…いいんじゃないかな。大切な人に大切なものを贈る。素敵な事だよ」
「………お、お、おう」
バンデはかなり照れ恥ずかしそうに顔を背け、頭を掻いている。
(ああ、リヤンの匂いがする…)
この距離であれば、バンデの匂いを感じ取る事は可能だ。
先程ラウルが感じた、リヤンに纏わりついていた体の匂いは、バンデの匂いだったようだ。そして、今バンデが纏っている匂いも、リヤンのもので間違いない。
ユニコーンであれば
(それにしたってちょっと早いような気がするけどなぁ…。
それとも家の中で一緒に暮らすだけで、こんなに匂いが交ざるのかなぁ…)
バイコーンとして穴倉での生活に慣れているラウルは、人間の暮らしはよく知らない。リゼットとは森で会っていたし、そもそも自分の匂いというものはよく分からないものだ。
何にせよ、仲が良いのは良い事だと思うしかない。血は繋がっていても、こちらは外野なのだから。
「そうだった。キミに贈るものがあるんだ………リャナー」
「あ、はーい」
テーブルにいたリャナがこちらに顔を向ける。どうやら魔物側の通販カタログの紹介をしていたようで、リヤンはラザーと一緒に熱心にカタログを眺めていた。
リャナがリュックサックの中からペンダントを持ってきた。ペンダントトップは金色のメダル状のもので、宝石がいくつも散りばめられているが、使い古されておりちょっとだけ塗装が剥げている。
「はいこれ」
リャナはペンダントをバンデに手渡し、そのまま戻って行った。
ペンダントをかざして眺め、バンデが不思議そうに訊ねる。
「…これは?」
「ボクが使ってたエスクロのペンダント。
これを身につけると人間の姿に化ける事が出来るんだ。
人間の姿じゃないと行きづらい場所に行く時は、首にかけるといい」
「…いいのか?」
「ボクはもう使わないからね。
まあ、リゼットはバイコーンのボクの方が好きだったみたいだけど」
さりげなく付けたした
「ったく、ノロケかよ」
「ははっ。…綺麗な人だったよ、キミのお母さんは」
「…知ってる」
「それなら良かった」
試してみたくなったのか、バンデは何も言わずにペンダントを首にかけた。
すると、バンデの下半身の毛並みが変わって行き、人間の足のように変化していった。同時に眉の上から生えた角も消えていく。尻尾が消え、膝を曲げなくても直立姿勢が取れるようになり、身の丈が幾分か高くなる。
体中をぺたぺた触りながら、バンデは変化していく自分を楽しそうに観察していた。
「おお、すっげえ。足だけ人間っぽくなった。角も…尻尾も、ない!
靴下も靴も履いて見えるんだな。へー!」
「うん、いいんじゃない?よく似合うよ。
イメージである程度格好は変えられるらしいから、試してみるといいよ」
「あ、ありがとな!これでリヤンと一緒に出掛けられる…!」
快活に笑うバンデを見ていて、目頭が熱くなった。
(素直に…素直にお礼を言える良い子に育って…!)
誰の教育の賜物かは分からないが、その人に感謝してもし足りない。
ぶわ、と涙が出そうになるが、何とか堪えた。まだ泣くのは早すぎる。
「ど、どこかに、行く予定があるのかい?」
尻尾が無くなってバランスの取り方を確かめていたバンデは、ラウルに屈託のない笑みを向けて教えてくれる。
「お、うん。リヤンの知り合いの事調べに、中央に行く話があってさ。
あっちは人間ばっからしくって、おれ行けそうもなくて困ってたんだ」
「…そっか。
人間の中には目ざといヤツもいるらしいから、気を付けて行っておいで」
「おうっ!」
バンデの笑顔を眺め、ペンダントを持ってきて良かったとラウルは思う。
森で暮らしていた自分が贈れるものなど殆どなく、住処に置きっぱなしにしていたこれ位しか渡せるものがなかっただけなのだが、今のバンデにはぴったりな代物だったようだ。
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