第10話 グリムリーパーという種族

 姉さんへの聴取の結果、肉も魚も野菜もバランス良く摂取しているという事は分かった。

 ただその調理方法が、生で食べる、焼いて食べる、調味料を殆ど使わない、と味にバリエーションがないような気がしたのだ。


 キッチンに砂糖や塩はあったものの、だしや香辛料の類は一切なかった。

 菓子も売られているものしか食べないらしく、姉さん曰く『あまり料理は得意ではない』らしい。


 という訳で不足を補う為に、ふたりは南の町スロウワーへと買い出しに行く事となった。


(物価もそんなに変わらないといいなあ…)


 リーファは財布の中身を確認する。”ペルラ”というエルヴァイテルト専用の通貨があるらしいのだが、一応ラッフレナンドの通貨”オーロ”でも支払いは可能らしい。

 数日宿屋で寝泊り出来る程度のお金は持ってきたが、こんな形で出費が発生するとは思わず、少々不安だ。


「そういえば、リーファはハーフなのよね?」


 家を出ると、扉の鍵をかけながら姉さんがそんな事を訊ねてきた。


「…師匠が、そんな事を?」

「ええ。子育ての事を相談したら、『ハーフで魔物側とも繋がっている弟子がいる。会いに行くからついでに聞いてみる』って」


 なるほどそういうきっかけか、とリーファは納得した。師事していた頃は、言われる程の繋がりはなかったはずだが、少なくともターフェアイト自身よりは接点があると思ったのだろう。


「そうでしたか………そこまで話しているんでしたら、隠す事もないですね。

 私は、グリムリーパーの父と人間の母の間のハーフです」


 買い物かごを腕にかけた姉さんは、少しばかり驚いた表情をして、不意に顔を曇らせた。


「グリムリーパー………聞いた事があるわ…。

 魂や亡霊とも違う、実体化が可能な精神体。膨大な魔力を秘めた魂の管理者。黄昏色の花の香りの死の神。

 その魔力を魔術の動力とする為、”死神狩り”と称して狩りが行われた時期があったとも聞くわ」


 誰からも聞いた事がない話に、山道を歩きながらリーファは瑪瑙めのう色の双眸を瞬かせた。


「…そんな事が…?」

「”死神狩り”は、ターフェ様が活動されていた頃の話らしいのだけどね。

 グリムリーパーを捕らえて、魔術の実験に使っていたそうよ。

 人懐こくて、魂や呪いがある所に行きたがる種族だから、呪いを設置しておびき寄せたり、言葉巧みに誘い出して捕らえていたみたい」


 まるで動物の習性や捕獲方法を説明されているようだが、人間の魔術師からすればグリムリーパーも同じ類だったのだろう。


(そういえば、あの呪術師もそんな事を言ってたっけ…)


 ラッフレナンドに侵攻し魔術師王国復活を標榜していた、呪術師シュタイン=ヴァイゼン。

 あの男は、呪術におびき寄せられたグリムリーパー・ハドリーを、移動方陣の動力源として捕らえていた。


 つまり彼は、グリムリーパーが動力源に足ると知っていて、近隣のグリムリーパーが解呪に来る事を予見し、捕らえる用意があったのだ。

 あの時は深く考えなかったが、ああまで下準備が整っていたのなら、グリムリーパーを捕らえるノウハウ自体があったとしてもおかしくはない。


 リーファは静かに消沈した。しかし、以前父が言っていた事は合点がてんがいった。


「知らなかった…。でも、父さんが『城に近づくな』って言っていたのはそういう…」

「お父さんは、あなたの事が心配だったのね。

 過ぎた事とは言っても、あそこは当時の魔術師の総本山だったというから。

 ターフェ様も、言うのは野暮だと考えたのかも」

「確かに、自分達が散々実験の素材にしてきたグリムリーパーを、魔術師として育てるなんて酔狂以外の何物でもないですからね…」


 今は亡き師匠を思い、リーファは唸り声をあげた。あの師匠であれば、こんな酔狂な事はむしろ積極的にやってみせるだろう。


(…でも、何で父さんはそんな人の所に私を送ったんだろう…?)


 そこだけがどうしても引っかかる。


 魔術師王国の中枢に関わっていたターフェアイトとグリムリーパーは、因縁の間柄と言えるだろう。

 王国の生き残りであったターフェアイトに対して、父エセルバートは注意を向けていたはずだ。

 住処周辺を担当していたディエゴとは長く懇意にしていたようだし、その伝手で父が教示を願い出たのかもしれないが、人と接する事を極力避けている父が、リーファの為に一生懸命交渉している姿は、ちょっと想像できない。


(『結界の素材となっている同僚に思う事があるのなら、素材になり得る私の娘にもちょっとばかり報いてもいいんじゃないかな?』なんて、ちょっと脅すような事を言ってみたとか?───いやいや、ないない)


 色々想像はしてみたが、結局は誰かから強引に勧められて渋々話してみた、とする案がリーファの中では一番納得できた。


「ラッフレナンドでは、名前すらも知られていない種族かもしれないけれど………エルヴァイテルトでは、主に研究畑の魔術師が知っていると思うの。

 もっとも、実物を所有しているという人は見た事がないのだけどね。どちらかというと、ドラゴンや巨人のような滅多に出くわさない希少種の括りなのよ。

 …だから気を付けてね。あなたは、その出自だけで価値があるのだから」


 傾斜の緩やかな山道を下りながら、緊張した面持ちで彼女はリーファに忠告する。


「…そうですね。肝に銘じておきます」


 姉さんに礼を言いながらも、リーファの心には少なからず影を落とした。


(女性のグリムリーパーが殆どいないのも、”死神狩り”が関係していたのかな…)


 アラン達に正体に告げ、グリムリーパーとしてせる事はしてきたが、その素性が生活に影響する事はなかった。

 しかし、あの呪術師のようにグリムリーパーを捕らえる術を持っている者はいるし、”此岸しがんかせ”のような道具もある。

 グリムリーパーだから絶対に安全だ、という保障はないという訳だ。

 国外へ行っても割と何とかなるのでは、と思い込んでいたリーファとしては、身が引き締まる思いだ。


(でも、”死神狩り”の全盛期が三百年以上前で、今は滅多に出くわさないと思われているのなら、きっとグリムリーパー達が何らかの対策を取ったのね…)


 城への立ち入り以外は、父からも他のグリムリーパーからも何も言われていない。

 リーファが意識せずとも、グリムリーパーが捕らえられない、あるいは認識されないような手段を講じたのだろう。


「…なあに?」


 思ったよりも、姉さんを長く見つめてしまっていたようだ。

 ただの好奇心で、深い意味はないのだが。しかし、彼女は何となくそういう人柄ではないような気がして、リーファは訊ねてみた。


「…姉さんは、目の前にグリムリーパーがいたとして、実験の素材にしたいと思います?」


 リーファの問いかけに、彼女は怪訝な顔をして口元を歪めた。

 そして急に立ち止まるものだから、一歩進んだところでリーファも足を止めてしまう。


「姉さん?」


 首を傾げていると、姉さんは無表情でリーファを見つめ、リーファの首の下辺りに手を添えてきた。


「!」


 おもむろに、リーファの前面から物理的とは言い難い圧のようなものがかかってきた。


 この感覚はターフェアイトとの修行中に経験もしたし、逆にラッフレナンド城の兵士達にかけた事もある。

 他者の魔力の流れを感知する為に、自身の魔力を注ぎ込む技術だ。魔力の流れ方を知らない初心者に、コツを教える手段でもある。


「う…」


 この技術は、かける側はそこまで負担はかからないが、かけられる側は圧し掛かるような負荷がかかる為あまり気持ちが良いものではない。


 姉さんは、リーファの体内の魔力の流れをしばらく弄ぶと、そっと手を離した。


「っ」


 急に戻ってきた自分の感覚に、リーファはほんの一瞬だけ目の前がくらっとした。ふらつく訳でもなく、目を閉じればすぐに治まるささやかなものだ。

 どうやら姉さんの期待は外れたようで、溜息を零していた。


「魔力の”総量”は並、”道の数”もごくごく普通なのね。

 ハーフだから、グリムリーパーの良い部分は受け継がれなかったのかしら。

 これなら、普通の人間と変わらないわ。ちょっとがっかり」

「あ、それは…」


 グリムリーパーである部分は違う、と言いたかったが、姉さんの指がリーファの鼻先に添えられ、つい口をつぐんでしまう。

 続けて彼女は、微笑んだまま自分の艶やかな唇に人差し指を添えた。どうやら『言う必要はない』という事らしい。


「………そう、ですね。よく周りから、『父にはあまり似ていない』と言われましたから…。私じゃ、姉さんの実験の役には立たないですね」


 子供扱いをしてくる彼女を見て、つい口元が緩んでしまった。

 長らく話したような気がしたが、山道はまだまだ続いている。

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