第21話 庭園下保管庫にて・2

「おお…」

「なんと…」


 アランと来賓の感嘆の声が、リーファの耳に聞こえてくる。


 庭園下の保管庫は、ラッフレナンド城のどこの場所にもない雰囲気だ。

 幅は庭園とほぼ変わらず、2階建ての建物程度の高さはあるので天井が遠く感じる。先に見える壁はのっぺりとした白地で、床面も似たような材質で薄緑色に広がっている。

 保管庫自体は、ガラス窓で四角く仕切られた部屋が縦横六列ずつ計三十六部屋並んでおり、部屋ごとに異なる資材が保管されている。


 東屋中央の床が保管庫の床に降りると、アルノーがベンチから立ち上がり目を疑うように辺りを見回した。


「これが本当に、三百年以上前の施設だというのですか?信じられません…!」

「この城は、貯めこんだ魔力を必要な箇所へ分配するシステムが働いています。

 保管庫の内部は優先順位の高い施設だったようで、劣化防止の紋が活きていた為そのまま残っていたようです」


 リーファの説明を、来賓の方々はあまり聞いていないようだった。


(私も、ここ来た時はあんな感じだったな…)


 今でこそ落ち着いているが、ここが開けられた当時はリーファも驚いたものだった。

 ここ数年で何だかんだ色んな土地を巡ったリーファだが、この保管庫の内装はそのどれとも違う異質さだ。


 ターフェアイトは『聞いた事もない土地から流れて来たヤツが、故郷の建物を元に作った』とは言っていたから、世界のどこかにこういう風情の建物があるのだろうが、まるで別の世界に降り立ったかのような奇妙な感覚だ。


「どうしましょう?

 保管庫のソースコードをご覧になりたいのならば、ご案内致しますが?

 それとも自由に見て回りますか?」


 アルノーに念を押すように訊ねると、彼はようやく我に返ったようだ。目をキラキラさせ、リーファに詰め寄ってきた。


「じ、自由に見ても良いのでしょうか!?」


 来賓のあまりの興奮にたじろぎながら、リーファは首を縦に振った。


「え、ええ。部屋の中には扱いが難しい物もありますので、廊下越しに見て頂く分にはご自由にどうぞ。

 私は頼まれ物を取りに行きますので、分からない事があればお声がけ下さい」

「は、はい!」


 とても快活に、そして年甲斐もなくそわそわと、アルノーは保管庫を見て回り始めた。他のふたりも気になった物の方へと歩き出し、興味がある物を見つけると、ガラス窓に張り付いて中の物体を眺めている。


 あっという間に散っていった来賓達を見送り、その場で落ち着きなく周囲を眺めているだけのアランに声をかける。


「陛下は一緒に行かれないんですか?」

「…ついて行った所で質問に答えられると思うか?」

「…ふふ、それもそうですね。じゃあ一緒に来て下さい」


 居心地悪そうにしているアランを見上げ、つい意地の悪い笑みが零れてしまう。

 リーファはアランと一緒に北の通路を歩いていく。目的の物がある部屋の側には、麦わら帽子が三個、軍手が三双、小さなシャベルが三本、開けられたままの木箱の中に入っていた。


「もし入るのでしたら帽子をかぶって下さい。そのまま入ると危ないですよ」


 麦わら帽子を差し出しながらの物騒な発言に、アランは一瞬尻込みしたようだ。しかし意を決したように引ったくり、被ってみせる。


 リーファもまた麦わら帽子と軍手をつけ、シャベルを手に部屋へと入った。アランも続けて入室する。


 その部屋の中は灯りがなく、中央に足元から天井まで繋がった不格好な土塊の柱が立っている。他と比べてもかなり風変わりだが、この部屋の仕組みを考えればここも立派な保管部屋と言えた。


 アランが注視している土塊には、虹色の石が一つ輝いていた。大きさは、拳大程度。光に照らされる訳でもなく輝く石を、アランは怪訝な顔で眺めている。

 この輝く石は、アランが見ている物以外にも土塊の中に点在していて、幻想的な風情を漂わせている。


「この部屋は宝石を埋め込んでいるのか?」

「ここは魔晶石の製造場だそうです」

「製、造…?」

「魔力を貯め込んだ石を人工的に作り出す施設です。

 すぐに出来るものではないんですけど、使えそうになったら掘り起こして使うんですよ」


 リーファは、アランの見ている石の周囲をシャベルで掘り起こし、美しく輝く魔晶石を手に取った。付着した土を払い、アランに手渡しておく。

 魔晶石を胡散臭そうにかざして、睨みながらアランが呟く。


「まるで果樹園だな…」

「どちらかというと漬物、に近いですかね。元になる石を埋めておかないといけませんから。

 使えるようになるまでに、一年、二年はかかるとか。

 …資材の供給は、昔からの課題だったんでしょう。

 自然発生もするようですけど、あちらこちらを掘り起こすだけでは足りないと思ったのかもしれません」


 三つ魔晶石を取り出してアランに渡すと、リーファは部屋の片隅にある一抱え程の大きさの鉄色の箱に近づく。

 鍵のついていないその箱を開けると、中から黒い石をいくつか取り出す。


 リーファが手に取ったその石を見下ろし、苦々しい表情でアランがうめいた。


「ぬぅ………これは…っ」

「ご存じですか?」

「ああ、”死の石”と呼ばれる石だ。

 側にあるだけで、その周囲にいる生き物を瞬く間に衰弱死させるという…」


 そこまで言って、この場がどういう場所なのか理解したようだ。そして自身に衰弱の兆候が起きていない事に気づき、その理由にも気づく。


「…この帽子で、衰弱を防いでいるのか」

「持つなら軍手も要りますけどね。

 この石は周囲の魔力を吸収し続け、一定量吸収すると虹色に輝く魔晶石に変化するんです。

 魔晶石は、強力な魔術を行使する為のエネルギーに使われるんですよ」


 手に持った”死の石”を、リーファは中央の土塊の中に埋め込んで行く。出来るだけ表面に出てこないように周囲の土を巻き込んで埋め、崩れないように土塊の柱の形を整える。


「そして、使い切った魔晶石は再び”死の石”となる、と?」

「すぐに、ではないそうです。

 一度は土に還るようで、何年かすると土中で再結晶化して黒い石になるとか」


 土塊の柱を仰いだアランがぼそりと呟いた。


「鉱山で見つかると、採掘を中断させられる厄介な石だと思っていたが…」

「魔術師としては、価値のある石なんですよ。

 ちゃんと管理をしないといけないので、あんまり多くても置き場に困りますけどね」


 衰弱防止の紋が縫われた軍手の土を払い、リーファは部屋のガラス戸を開けて廊下へと出た。アランも魔晶石を抱えたまま出てくる。

 戸を閉め、アランの麦わら帽子と自分の麦わら帽子、軍手、シャベルを木箱へ戻し、アランに預けていた魔晶石を受け取った。

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