第5話 魔女と好色王の因縁・1

 アランは玉座に腰を下ろし、謁見の間の中央にいる者達を見下ろしている。

 椅子に座らされ拘束されている魔女。杖を持ち後ろに立つリーファ。その周りに槍を携えた近衛兵四名が配され、魔女の動向を注視している。


『私は師匠の側にいます。

 止められた試しはありませんが…多分、その方が皆さんは安心するでしょうから』


 先程そう言っで、魔女のかたわらに立ったリーファの表情は硬い。

 ほんの一時間前まで膝の上にはべらし、他愛ない話で笑っていた女とは思えなかった。


(まるで別の女を見ているようだ)


 しかし緊張するのも無理からぬ事だろう。つい今し方暴れ、被害を撒き散らした魔女が、自身の師匠だというのだ。

 今まで良好な関係を築いてきた者達でさえ、付き合いを改め兼ねないに違いない───そう思っているのだろう。


 謁見の間には遠巻きに多くの人が集まっていた。手続きに訪れただけの者達は除外されたようで、見知った役人や兵士が殆どだ。


 玉座の階段を降りた先の左右に役人が控える。

 向かって左は、国務大臣であるジェローム=マッキャロルが。

 向かって右は、司法長官のクレメッティ=プイストだ。


 簡略化されているが、一応公式の尋問を執り行う準備が整った。


「お静かに!

 それではこれより、ラッフレナンド城を襲撃した魔女に対する尋問を開始致します」


 ジェロームの宣言に、謁見の間がゆっくりと静まり返る。


 小声が耳を掠める程に落ち着いてきて、ジェロームがアランに声をかけた。


「…陛下」

「うむ。───では女、名を名乗れ」

「はいよ。

 アタシの名はターフェアイト。

 魔術師王国マナンティアル、都市防衛計画技術顧問さ」


 拘束されながら不敵に笑う魔女ターフェアイトに、傍聴する者達がざわつく。


「魔術師、王国…」

「マナン、ティアル…?」


 多くの者は、聞いた事もない国の名前に怪訝な顔をした。


 アラン自身は建国者の末裔として耳にタコが出来る程聞かされてきたが、周知は必要だろう。


「…リーファ、国の名について説明を」

「はい陛下。

 ”マナンティアル”とは、かつてこの地で繁栄していた魔術師達の国の国名です」


 淡々とリーファが答えると、周囲のざわめきが一際強くなった。


 ”魔術師王国”と言われてピンとくるラッフレナンド国民は多いが、国名は忌まわしいと現代に至るまで徹底的に排除されてきた。その名を知らないのは当然なのかもしれない。


 にわかに信じがたく、アランは念を押すように問い質す。


「偉大なる我が祖先が打倒した魔術師王国は、三百二十年以上前に滅んでいる。

 …末裔、という事か?」

「いいや、本人だよ」


 ターフェアイトの耳を疑いたくなるような言葉に、また傍聴する者がざわめいている。呼び入れたのは失敗だったか、と思わないでもない。


 救いを求めるように、アランはリーファに顔を向けた。


「…リーファ」

「はい陛下。

 ターフェアイトは”転生魔術”という魔術を用い、本来の寿命よりも長く生きています。

 実年齢は三百九十六歳と聞いています」


 特に聞きたくもなかった実年齢まで事務的に言われてしまい、さすがにターフェアイトから抗議の声が上がる。


「あ、やだちょっと。アタシの個人情報勝手に話さないでおくれよ」

「じゃあちゃんと説明こみで陛下に話して下さい」


 ふくれっ面で目を逸らすリーファから、ターフェアイトに視線を戻す。


「…そのような事が可能なのか」

「まあね。

 アタシのやり方は、他人に乗り移ってソイツの寿命を貰っちまうやり方だからオススメはしないけどねぇ。

 拒否反応すっごい時あるし」


 その話を聞いて、少し前にリーファにネックレスを贈った事を思い出す。


 人間の体からグリムリーパーを出さない為に渡したものだったが、元々は幽霊が憑依した時の拒否反応を防ぐ為のものだったと聞いている。

 同じ要領で人に取り付いているというのなら、あの姿も元々の姿ではないのだろう。


(不老不死、というものはそう容易たやすいものでもないのだろうな)


 先王が望んだ延命も、ターフェアイトが続けていた転生魔術とやらも、そう本質は変わらないのかもしれない。


「なるほど。話は分かった。

 では本題だ。何の用で我が城へ訪れた」

「前の王…になるのかねえ?あの時は王子サマだったかなあ?オスヴァルトって子が少し前に来てさ。ちょっと世間話をしたんだよ。

 そしたら意気投合しちゃってさ。

『魔術師が住める国にするから、準備が出来たら正妃にしてあげるよ』って言われたんだよ」


 ターフェアイトの言葉に、周囲のざわめきは更に酷くなった。


 アランは軽く目眩がした。


 先王が正妃の地位をちらつかせ、女性をたぶらかすのは珍しくなかった。後々になって、女性が産んだ子の認知を求め裁判沙汰になった事もあったのだ。

 その裁判の資料集めを手伝わされた身としては、正直もう二度と関わりたくないと思ったものだが。


(よりにもよって魔女にも同じことをやらかしていたとは…!)


 苦々しい表情を浮かべていると、ターフェアイトは話を続けてきた。


「で、さ。

 風の噂で、アタシの弟子が王サマの愛人になったって聞いたから、じゃあ行ってみようかなって。

 約定書も、ちゃあんとある。

 …ねえリーファ。ちょっとスカートめくって足に留めといた紙出してよ」

「なんて所にしまってるのよ…もう」


 リーファは頬を赤くして悪態をつき、アランに一礼をしてターフェアイトのスリットの入ったスカートをまくり上げた。

 あまりに遠慮なくめくるものだから、露わになった白い腿を気にして側の近衛兵が目を逸らしている。


 気にした素振りもなく、リーファはガーターベルトに挟んでいた紙を取り上げる。

 折りたたんだ紙を開いてざっと見やり───リーファは忌々しげに眉間にしわを寄せた。


「ほ、本当にこんなやり取りしたの?」

「書いてある通りだよ」

「ええ…?」


 信じられない様子でもう一度紙を見下ろしている。

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