第3話 王は記録を手繰り寄せる・2

 ティータイムまでまだ時間はある。シェリーではないはずだ。

 心当たりのない出入りに、ヘルムートは少しばかりもやもやしてしまう。喉にもそれが乗ってしまって、つい低い声で返事をしてしまった。


「どーぞ」

「失礼致します」


 ヘルムートの心情など知る由もなく、衛兵が扉を開く。


「陛下。書類をお届けに役人が来ております」

「ああ、通してくれ」

「はっ」


 先程と同じように、衛兵が役人を部屋へ招き入れる。


 今度は法務局の役人だ。長い茶髪を二つで束ねた若い役人もまた、緊張した面持ちで一枚の書類を持っていた。


「失礼いたします。

 陛下、ご指示頂いておりました側女殿のご実家の不動産登記簿を探したのですが、何故か見つかりませんでした」


 早口でおかしな事を言う役人を前に、アランの眉がぴくりと動く。

 しかし、その表情に怒りも疑念も浮かんできてはいない。まるで、ある程度予測できていたかのようだ。


「…ふむ?おかしいな。あんな目立つ土地の登記簿がないはずがないのだが」

「ええ、地図上に土地の表記はあるのです。しかし、番地の登録がされていないようで───」


(…アランは一体何を調べてるんだ?)


 ふたりの会話を聞き流しつつ、ヘルムートは思考を巡らした。

 どうやらリーファの事を調べ直しているようだが、今更何を調べるというのだろうか。


 側女に出自は問われない。

 奴隷だろうが魔物───だとさすがに困るが、とにかく王が気に入ればどんな女性でも側女に出来る。極端な話、男性であっても王をのなら、側女の役を任ずる事は可能なのだ。


 これ以上何を調べるのか。嫌なものが背筋を駆け上がるような感覚がある。


「それで、あちらこちらを調べてみたのですが………このようなものが、出てきました。

 ちょっと、信じがたいのですが…」


 ヘルムートの思惑を余所よそに、役人は一枚の書面を机に差し出してきた。かなり古い紙の質で、日焼けはしているが虫食いはしていないようだ。


 アランが手に取ったそれを、ヘルムートが題を読み上げる。


「不動産売買契約書…?」


 それは、リーファの実家の土地をラッフレナンド王家から買い取った契約書だった。


 ───私は、あなたの国からこの土地を私有地として購入します。

 この土地の中で行われる如何なる行為も国は関与出来ません。

 この土地にいる者を如何なる理由があっても傷つける事は出来ません。

 しかし、この土地にいる者が土地を出て国に危害を加えた場合は、国が処罰出来るものとします。───


 と、ざっくり説明するとこのような事が書かれていた。


「日付はサディン元年、署名はサディアス=ラッフレナンドとなっているな…。

 まさか初代の交わした契約書が残っていようとは…」


 サディアス=ラッフレナンドは、建国の聖女と共に魔術師王国を打倒し、同時に魔女として聖女を処刑した”魔術師殺し”の異名を持つ初代ラッフレナンド王だ。


 その異名の通り、王城を陥落させた後瞬く間に周辺の町村も制圧せしめたと言われており、魔術師達によって荒廃しかけていた国全体を凄まじい財力と弁舌で復興してみせた賢君、と伝えられている。


「購入者はグレモリー=ラウムってなってるね。何者なんだろう…?」

「さあな。───しかしなんだ。この出鱈目な数字の売却額は」


 アランが苦々しい表情で金額の部分をなぞる。


 一九三七一四二〇〇〇オーロ───当時の物価との比較は出来ないが、もしこの額が手元にあるなら、東の宿場の一つを町として整備する事も可能だろう。


「これがもし本当だとすると、初代の財力ってここから来てるって事だよね?」

「だろうな。金に困っていないのなら、そもそも革命を起こす必要などないのだから」


 革命は、被支配階級の不満が端を発するケースが多い。魔術師王国に起きた革命は、魔術の資質を持たない者達が魔術師達から不当な扱いを受け続けた事が原因だったという。


 サディアスが資産家であったのなら、魔術師王国に見切りをつけて国外へ逃げれば済む。それをしなかったのは、そこまでの財産は持っていなかったからではないだろうか。


「つまり革命直後の資金難の中、『あなたの土地を買いたいんですが』と大富豪が来た。

 目が飛び出すほどの超高値を提示してきたから喜んで売却した。

 その金を使って、国を再建した、っと?」

「革命直後は聖女の呪いと噂された怪異も起こっていたという。

 ラッフレナンドから離れてしまった職人たちを、この金で呼び戻した…と考えればしっくりくる」


 ヘルムートがアランを見下ろすと、アランもまたヘルムートを見上げて来た。考えている事は同じようだ。


「何かあるね」

「ああ」


 意見が一致した所で、目の前でおどおどしている役人にアランが声をかけた。


「これは私が預かろう。構わないな?」

「は、はい。よろしくお願いします」

「ご苦労だった。下がっていいぞ」

「はい、失礼致します」


 役人が恭しく頭を下げて、執務室を出て行った。


 人目を気にしなくてもよくなり、改めてアランは書類を見下ろす。


「リーファが何か知っているとは思えんが…これは問い質さねばな…」

「グリムリーパーってお金持ってるのかな?」

「全くの無給という訳ではないのだろうが…どちらかというと、魔王側の資金ではないか?

 それだけの価値が、あの土地にあるのかどうかは分からんが…」

「あの役人も驚いただろうね。リーファを見る目が変わっちゃうんじゃないかな」


 ヘルムートのげんに、アランが眉根を吊り上げた。

 思惑のどこかに触れたのだろうか。椅子にもたれ、どこか機嫌良く自身の指を重ねた。


「再建に貢献する程の資産を国に提供した者の子孫………とでも見られてしまうか?」

「…何で嬉しそうなの?」

「いや、別に」


(…別にって事はないだろ)


 鼻歌まで唄いながら契約書を眺めているアランを見下ろし、ヘルムートは呆れ顔で目を細めた。

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