第17話 人間と向き合う者達・2
そこまで説明をして、ハドリーが思いついたように話題を変えてきた。
「しかし、その話は知らなかったのか…。
わたしはてっきり、あの王様もそうやって
「!?」
リーファの顔が驚きに歪む。
アランの言動は、この一年と数ヶ月で大きく変わったと思っていた。
元々そういう気質であったのかもしれないが、それでもリーファに対するアランの扱いが変わっていったのは自分が身を
(でも、もし。私が、アラン様の在り方をそうあれと、変えていたとしたら?
『王として相応しくあれ』と、『女性嫌いであれ』と。
『自分を側に置くようにあれ』と、魂を
その考えにぞっとした。
確かに『王らしく』とは思っていたが、アランの気持ちを独占したいなどと、他の女性は排して欲しいなどとは、百歩譲って思っていたとしても望んではいけない事だ。
その想像を払拭したくて、リーファは街路の先を行くハドリーを追いかけた。
「あ、あの、ハドリー、さん」
「ん?なんだい?」
「その…
…無意識のうちに、やってしまうという事は、あるんでしょうか…?
その、相手の気持ちが振り向くように、なればいいな、と思っただけで…なってしまうとかは…」
歩きながらしどろもどろと質問を投げかけるリーファを見下ろし、ハドリーが
しばし黙り込んだハドリーは、やがてこちらの意図を理解したかのように明瞭に断言した。
「ないね。それはない」
そしてリーファにも分かりやすく、たとえを含めて教えてくれた。
「料理と同じだよ。
何度も練習を重ねてようやく習得出来るものだから、時には失敗する事もある。
気持ちだけで料理は出来ないし、上手くもならないだろう?」
ハドリーの言葉が、リーファの胸にストンと落ちた。
料理には、材料も下準備も要る。
それらが一通り揃っていても、手際が悪ければ失敗してしまう事だってある。
気持ちはフレーバーにはなるかもしれないが、それだけでは何もかもが足りない。
出来るはずは、ない。
「そ、そうですね………安心、しました…」
不安に視界まで狭まっていたのだろうか。安堵した途端、中央の広場の光景が目に広がって行った。
噴水の周辺はライトアップがされていてとても綺麗だ。噴水の縁には灯されたランタンが規則正しく並べられ、側のベンチでさっきのカップルがまだ寄り添っている。
周辺の店は開いており人の動きも目立つが、祭りという訳でもなさそうだ。普段からこうして賑やかなのだろう。
「我々が触れなくても、人の心は変わるものだよ。
人に、物に、言葉に、立場に───。
容易くとは言わないが、きっかけがあれば幾らでも変わっていけるものさ。
…王様の心が良い方向に変わったと思うのなら、側にいた君が手を尽くしたという事なのだろう。
そこは誇らしく思っていいところだと、わたしは思うね」
「そう…かもしれませんね…」
慰めなのか
教会に続く北の道に足を踏み入れると、静寂の支配域に入ったかのように喧噪が聞こえなくなっていった。街灯は周囲を照らすが、南西の通りよりも人の気配を感じない。
自分の心配事が解消されれば、周りにも目が行きやすくなる。日が暮れる前に感じた事を、リーファはハドリーに打ち明けた。
「あの、ハドリーさん」
「うん?」
「話は変わるんですけど…。
教会のシスターが、とてもハドリーさんを心配してました。
教会に行った時、私を見て泣いてしまって…。
多分、ハドリーさんが戻ってきたと勘違いしたんだと思うんです。
───恋をしてるんだなって、思いました。ハドリーさんに」
「………………うん」
少し長い沈黙の後に、ハドリーが相槌を打つ。
その小さな動揺を見て、ハドリーもシスターの想いに気が付いているのでは、と感じた。
魂の
「あのシスターが、どうやってハドリーさんに想いを打ち明けるのかは分かりません。
もしかしたら、ずっと胸にしまってしまうかもしれません。
…でも、どうかその日が来た時、気持ちを逸らすような事はしないであげて下さい。
───ちゃんと向き合って欲しいなって、思います」
そう告げてしばらく、沈黙が続いた。
あまりに黙り込むものだから、聞いていないのではないかとハドリーをそっと覗き込むと、彼は考え込んでいるように見えた。
リーファのしている事はただのお節介だ。ふたりの間にどういう馴れ初めがあったかだなんて知らないし、どういう結果になるなど正直あまり興味はない。
だが、人間と一緒に生きて行くのなら、人間として向き合うべきだと思っただけだ。
「可愛い姪のお願い、聞いてくれます?」
念を押してそう言ってみると、ついにハドリーは根負けして溜息を吐いた。
「自分で言ってしまう子なんだね、君は。
………でもまあ、うん。頑張ってみよう」
「ありがとうございます」
リーファはにっこり微笑んで、教会の方に顔を向けた。
やや暗いが、教会の鉄柵扉の側に人の影が見える。顔までは分からないが、シスターではないだろうかと思ってしまう。あちらはこちらが見えていないのか、動く気配はないようだ。
「君はエセルバートに似てないね。お母さん似なのかな」
「マルセルにもそれを言われましたよ。そんなに似てませんか?」
「ああ。お母さんの良い所を似たと思うよ」
会話が聞こえたのか、教会の影が喜ぶように反応するのが見て取れた。
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