第6話 脱出の条件とは

 リーファが作った食事は、食材が玩具の家の付属品だという事を忘れてしまう程、良い出来だった。ハンバーグの煮込み具合が丁度良く出来上がっていたし、オニオンスープの温かさに気持ちが和らいだ。


「寝室でノートを見つけた」


 完食したアランはペーパーナプキンで口元を拭い、未だ食べ終わっていないリーファに先程のノートを手渡した。


「私には殆ど読めなかったが、お前なら読めるのではないか?」


 食事の手を止め、リーファはノートのページをめくっていく。


「そう…ですね。魔物が使っている文字です、これは」

「手掛かりになりそうなものはあるか?」


 しばらくノートの文字を追いページをめくっていくリーファを、ワイン片手にただ眺めている時間だけが過ぎていく。


「…ここを使った方の日記帳みたいな感じですね…。

 仕掛けた人に対する恨みつらみとか、部屋の内装の感想とか、そんな事が書いてあります」

「…だろうな」


 アランと同じ気持ちでこの家に閉じ込められた者がいたのだろう。今まさに同じ目に遭っている身としては、過去の被害者達に心底同情してしまう。


「ただ、『食べ物がなくて辛い』というような書き方をされてる方がいないので、食料の減りを気にする前には皆出て行っている印象がありますね…」

「例の条件以外にも、ここを出る方法があると?」

「そんな感じです。

 でも…同じ筆跡の方が八日間程書き込んでいる箇所があるので、時間がかかるのかも」

「…なるほど。それで、条件についての書き込みはあるか?」

「ええっと…」


 再びページをめくり、リーファは文字を読み解いていく。


(…片付けが終わった後にでも話せば良かったか)


 リーファの食べかけを一瞥して、アランは少しだけ後悔する。気が逸っていた事を自覚していると、リーファは気になる文言を見つけたようだ。


「例えば…『本を一冊分書ききらないと出られない』とか」

「…本?」

「作家さんらしくて…挿絵担当の方と一緒に閉じ込められて、『お互いに原稿を書きあげないと出られない』と嘆いています…」

「よく分からんが…辛いな」


 複雑そうな表情を浮かべているリーファの感情が移ったか、アランも渋い顔になる。


「…他には、『恋に落ちないと出られない』とか」

「何だそれは」

「あんまりタイプの男性じゃなかったらしく、『こんなのとどう恋に落ちればいいんだ』って書いてあります」

「…それは、可哀想だな…」


 その文章を書いた人物を気の毒に思う。アランが同じ目に遭ったら、まず間違いなく条件を達成出来ない自信がある。


(恋など、落ちようと思って落ちるものではないだろうに…)


 相手の良い所を見つけて無事恋に落ちたのか、他の方法で脱出出来たのか。少しばかり気にはなったが、リーファはペラペラとページをめくってしまい真相は分かりそうもない。


「あとは………、───!」


 リーファの表情が固まり、顔が真っ赤に染まっていく。

 他のページもペラペラめくっているが、似たような文言が並んでいるのだろう。みるみるうちに茹で上がってしまっている。


 こういう反応をしている時のリーファが考えている事は、とても単純だ。

 ワイングラスを置いて、両手を組み意地悪く言ってみる。


「どうせ、『性行為をしないと出られない』とでも書いてあるのだろう?」


 すっかり見透かされたリーファは肩を落とし、早々に白状した。


「………ハイ、ソウデス………」


 ちょっと考えれば分かる事ではあった。

 充分な食料、広々とした独特な雰囲気の浴場、そして一人で寝るには大きすぎるベッド。

 人数制限があるかは分からないが、寝室が二部屋しかないのだから一応は二人用なのだろう。となれば、この家の使い方など大体は絞れる。


「で…でも、リャナはそういった事は書いてないと思うんです。『安静にしているように』と言われていた事を、さっき話したので…」

「だがもし書いてあったとしたら、やる事をやれば即出られるぞ?」

「………………しま、す?」


 もじ、と肩を揺らし頬を赤らめて、リーファがアランを上目遣いで見つめてくる。


 リーファからの夜の誘いは何度も受けているから、全く以て新鮮味はない。また、アランの気分次第で乗ったり乗らなかったりしているから、どちらでもよいのだ。

 だが。


「…ヘルムートが言っていただろう」

「え?」

「お前はともかく、私には難易度が高いと」

「…そういえばそんな事を…」


 アランの指摘に、リーファも顎に手を当てて考え込む。


「つまり二人で行う作業ではないのだろう。だから、これは条件ではないはずだ」

「私には出来て、アラン様には難しいもの…ですか…。何でしょうねえ…」


 リーファが思案に暮れている内に、アランは席を立ち、空になった自分の食器を手に取った。


「私は疲れた。手伝ってやるからさっさと片付けて、寝るぞ」

「あ、ありがとうございます………あ、あの、待って下さいよぉ」


 アランがさっさと食器をキッチンへと持って行こうとすると、慌ててパンケーキを頬張ったリーファが喉に詰まらせてむせていた。


 ◇◇◇


 片付けを終えて、湯浴みも済ませて。


 アランがバルコニー側が良いと言うので、リーファは物置部屋に近い寝室で寝る事になった。

 部屋の大きさは変わらないようだが、あちらの方が日の光を肌で感じやすいのだろう。側女の部屋に入り浸っていた頃もベランダ側に寝ていたから、慣れているのかもしれない。


 部屋に入って、リーファも本棚から例の日記帳を見つけて読んでみた。こちらも内容は似たり寄ったりで、これと言って気になる事は書いていない。

 ───と思ったのだが。


「…あれ…?」


 日記を眺めていてふと気づく。アランに見せて貰った日記帳と、内容が同じに見える。八日間書き込んだ人の文や、本の書き上げに苦慮していた人の文も、こちらに書いてある。


(あっちの日記と繋がってる…?)


 リャナが持ち込んだものだ。そういった不思議なノートが含まれていてもおかしくはないのだが。

 アランにこの事を相談しても良いのだが、『疲れた』と言っていたし、言った所で何が変化する訳でもないだろう。何かあるなら明日話せばいいだけだ。


 ふとリーファは思いついて、日記帳に留めてあった鉛筆を手に取った。

 何も書かれていないページを探して、文字を綴っていく。

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