第15話 エイミー=オルコット

 アランのお見合い二日目午前は、先方の希望で王の私室での茶会となった。


 エイミー=オルコットは、ラッフレナンド南東の町セグエを統治しているオルコット辺境伯の令嬢だ。

 五人の候補の中では親の爵位が一番高く、年齢も最年長の二十八歳。


「陛下の代となって早一年。

 陛下のお耳には届いていないようですが、辺境では様々な不満がわいておりますわ。

 昨年は例年と比べて農作物の生産量が減っており、租税の高さに嘆く声も聞いております。

 陛下が即位されたから問題が噴出しているなどとは思いませんが───この際ですから、陛下のお考えをお聞かせ下さいませ」


 プラチナブロンドの豊かな長髪をまとめており、鋭さを備えた藍色の双眸はラッフレナンド王家との繋がりを彷彿とさせるが、家系図を見る限りは接点はないようだ。しかしその美貌は彼女に自信を与えているようで、発言の其処此処そこここに棘が含まれている。


(…会って早々喧嘩腰とは恐れ入るな…)


 アランは気の強い女性が苦手だ。

 力で屈服させるのは簡単だが、こういう自分以外の何かを精神の支柱にしている者は、心まで落とし込む事は難しいと思っている。

 加えて、アランの”目”が映す黒いもやは彼女が一番強い。彼女の性格が如実に表れていると言えた。


「さて、私の下へ届く報告書の中には、そういった話は来ていないが…。

 生産量が減っていると言う農作物は何かね?」

「そんな事もご存じないのですね。ジャガイモですわ」


 王に対する敬意の欠片もない物言いだが、アランは、ふむ、と相槌を打つだけに留めた。この手の悪態はシェリーからよく受けているから慣れたものだ。


「ジャガイモは寒冷地でもよく育つ農作物だが、病害や虫の被害も少なくない。

 特に虫にる被害は甚大と言われている。

 かつて、東の国シュテルベントではジャガイモの病害が発生し、ジャガイモを主食にしていた貧民層で多数の飢餓者が出たという。

 貴女の話では、そこまでの状況にはなっていないと思うのだが?」


 ふたりの間に置かれた円卓には、ケーキタワースタンドやティーセット一式が置かれている。

 アランはすぐにでも目の前のプチケーキを好きなだけ食べたいのだが、周りにいるメイド達の視線が気になって手を付けれずにいた。

 エイミーが食べてくれれば少しは諦めもつくのだが、彼女は甘い物は好まないらしく菓子が消えていく気配はない。何とももどかしい。


「そう…ですわね。前年に比べれば八割ほど、と聞いていますが。

 病害が原因という訳ではない、という事ですわね」


 不機嫌ながらも感情的に物を話していないのは、良い事なのだろう。無い知識は互いが補えばいいのだから。あちらにこちらを補う気概があるかどうかは分からないが。


「そもそも、農作物は日照時間や雨量、大地の栄養分により収穫量が大きく変わるものだよ。

 去年は降雨量が少なかったと聞くから、予想される範疇だったと思うのだがね」


 ぎり…とどこかで軋む音が聞こえた気がしたが、聞かなかった事にした。

 代わりにティーカップの紅茶を口に含む。今日は砂糖を入れていないので全く甘くない。まるで、今の状況のようだ。


「それと…租税の話だったかね。

 租税と言っても多岐に及ぶものだから、どの税の事かは分からないが…」

「…主に土地に関わる税ですわね。去年の不作では、税は払えないと」

「資産課税かな。

 税額は、課税標準に税率を乗じる事で算出している。

 税率は、国が定めている標準税率を採用する場合が殆どだが、領地の管理者が設定する事も可能だ」

「──────」


 唇を真一文字に引き締め、鋭い眼光がより一層きつくなった。笑っていれば美人なのだろうが、何とも勿体ない。


「理解が早くて何よりだ。

 そしてオルコット辺境伯からは、本年分の税率変更の申請も届いていて、これを受理している。

 それでも税が高いと民が言うのであれば、検討するからそこは御父上に相談するといい。

 国は民を虐げる為にある訳ではない事を、理解して欲しい」

「…承知致しましたわ」


 不承不承ながらも、エイミーは目を伏して頭を下げた。


 角砂糖を一つ入れ、紅茶を飲む彼女を見て、アランは目を細める。


 エイミーには話さなかったが、オルコット辺境伯からは『去年分の税が払いきれない民の分はこちらで立て替える』と一通書状が届いている。

 要はオルコット家が一時的に自腹を切る形になった為、エイミー自身の生活にもその余波が届いてしまった事を憤慨しているのだろう。

 あるいは一地方の些末な問題など、王なら気にも留めていないとでも思ったのかもしれないが。


(…浅はかだな)


 オルコット辺境伯の人となりは、アランもそれなりに知っている。

 兵役時代、辺境伯の下で国境の警備についていた時期があり、一兵卒だったその時に何度か声をかけてもらった事があった。


 武に長けている訳ではないが、兵をよくまとめ上げ、適材適所を心得た人、という印象だ。性格も温和で、アランが覚えている限り怒っている所を見た事がない。

 そんな人物だったので、エイミーの気の強さがどこから来るのか不思議だったのだが。


(甘やかされて育ったか…)


 想像でしかないが、可愛い娘にでれでれの辺境伯。あり得なくはない。

 考え込んで部屋に沈黙を作るのも嫌になり、アランは話を切り替えた。


「話は代わるが、我が国ももう少し魔術を取り入れてみては、という話が出ていてね」


 紅茶を飲んでいるエイミーの眉根がぴくりと跳ね上がる。


「具体的な話が出ている訳ではないが、それで生活水準が上がるのなら、それに越した事はないとも思っている所だ。

 セグエは魔術研究で名高いリタルダンドとも近い。貴女の考えを聞かせてもらえればと───」

「わたくしは反対です」


 アランの言葉を遮って、エイミーはきっぱりと言い切った。

 意外、という程ではないにしても、あまりにも強い口調で答えるものだから、アランは訝しむ。


「何か理由でも?」


 アランの問いかけに、エイミーは鼻息荒く言葉を続けた。


「決まっているではありませんか。魔術師は危険な存在でしょう。

 この国の興りを見ても、それは明白です。

 今の所、あれらが主だった行動を起こしている話は聞きませんが…。

 父も、セグエの国境では未だ魔術師の入国に神経をとがらせているのです。

 そんなよく分からない者達を、何故取り入れようと考えましょうか」


 エイミーのげんにアランは眉根を寄せる。


(国境で魔術師の入国に気を遣っているなど、聞いた事がないが………さて)


 そもそも魔術師かそうでないかを見分ける方法など、長らく魔術師忌避きひを続けてきたラッフレナンドにあるはずがない。

 それにオルコット辺境伯は、先王が進めようとしていた魔術研究については肯定派だったはずだ。

 年月が過ぎて、否定派に回った可能性はあるかもしれないが───


「陛下の側女が魔術師だというのも気に入りませんの。

 城下でのうのうと魔術師の家系が生き延びていたなど…。

 側女として一年もいたなどと………考えただけで恐ろしい…!」


 エイミーの持つティーカップが小刻みに震えているが、彼女のその表情は恐怖というよりは怒りを滲ませていた。


(なるほど…こちらが本音か)


 どうやら彼女は、”誰か”の言葉を代弁する形で自分の意見を押し通す性分らしい。その”誰か”とやらが、本当にいる人物なのかは別としても、だ。


「…側女の父方は流れの商人だそうでね。魔術の才能はあちらから受け継いだのだそうだ。

 使える魔術も大したものでは───」

「興味などありませんわ」


 かちゃんと音を立て、エイミーは乱暴にティーカップをソーサーに叩きつけた。


 その怒りようが何故だかおかしくて、アランは笑っている事を悟られないよう口元を押さえた。肩を震わせないよう、頑張って堪える。

 しばらくして落ち着いた所で、アランはエイミーの意見にこう返答した。


「なるほど。国境に近い家の娘でも、こうも考え方が変わるものなのか。

 なかなか勉強になったよ。ありがとう」

「………ご理解頂けたようで何よりです」


 リーファの話題が出た事で、昨日ペトロネラが言っていた事を思い出す。確認は必要だろう。


「貴女にも聞いておこうか。

 …貴女は側女の制度を、どう考えている?」

「…それは特に何も。

 陛下が女を何人はべらせようと、わたくしに何の関係がありましょう。

 側女の子であっても、それが王の器に相応しいとお思いなら継承権を与えてあげればよろしいかと」


 ぶわ、と。

 エイミーが纏っていた黒いもやが一段と強く広がった。

 もや、というよりは炎だろうか。放っておいたらあちこちに燃え広がってしまいそうだ。


(嘘つきめ)


 真っ黒で顔すらも見えなくなったエイミーを眺めていたら、自然と口の端が吊り上がった。


「───失礼。少し席を外させて頂きます」

「ああ、ゆっくり行っておいで」


 エイミーは優雅に席を立ち、アランに丁寧なお辞儀をしてみせて王の私室を出て行く。メイドが一名、エイミーに先行して退出した。


 扉が閉まり二人分の足音が聞こえなくなって、アランは大きい溜息を吐く。


「…やれやれ」


 側に控えていたシェリーが、紅茶を淹れ直したティーカップをアランに差し出しながら口を開いた。


「こちらの候補も、またアクが強い方ですね」

「あの年齢で独身なのもうなずけるな。辺境伯の苦労が伺える」


 角砂糖を何個もカップに投入してそれを口に含むと、ようやくアランは人心地がついたのだった。

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