第3話 側女不在の理由・3

「い、いえ。結構です。

 …それで、今日の御用は何でしょうか?」

「…そうだったな」


 アランはソファに座り直した。リーファを見据え、問い質す。


「何をしていた?執務室に来るよう言ってあったはずだが」


 彼女は目をぱちくりさせ、不思議そうに小首を傾げた。


「はあ…?いえ、私は何も聞いていませんよ?」

「…何?」


 声を押さえたものだから怒ったと勘違いしたか。

 リーファは、アランをなだめる様に両手をぱたぱたさせ弁解する。


「あ、いえ。聞いてはいたんです。ヘルムート様から。

『今日は仕事が忙しいから、執務室には来ないで、夕餉の時間まで側女の部屋にいて欲しい』って。

 だから、あの。部屋の中を色々見てたんですが…何か、よく分からない小瓶がいっぱい出てきて…。

 何なんでしょうか。これ」


 言って視線を向けたのは、目の前のテーブルだ。

 小瓶が大小十個ほど並んでいる。瓶の色も、茶・青・無色透明まで様々だ。

 ラベルには言葉が書かれているが、これはこの国の兵士達が使っている暗号で、彼女が知らないもの無理はない。


 瓶を順々に手に取り、アランは淡々と文字を読み上げる。


「…これは媚薬だな」

「は、はあ」

「これが精力剤だ」

「こ、これが」

「この大きい瓶はローションだな」

「…化粧品、ですか?」

「いや、違う。…それは大浴場の戸棚にしまっておけ。ここでは使いたくない」

「ん?えー………あ、ああ、はい…」


 ローションの用途を察したらしく、リーファが顔を赤くしてうなずいた。


 一通り瓶を確認し終え、アランはリーファに顔を向けた。


「…その様子だと、廊下が賑やかなのも知らないようだな」

「へ?…ああ、そうですね。何か、忙しそうだなって思ってたんですけど。

 気にはなったんですが、何だか声かけにくくって」


 用途が分かって安心したか、眺めているのも気が引けたか、リーファは小瓶を引き出しに戻していた。ローションだけ、テーブルの上に残している。


「つまりヘルムートは、お前に引き付け役を任せたわけだ」

「…何の事ですか?」


 瓶を片付け終えたリーファは不思議そうな顔をして、アランの側に腰掛ける。


「私はメイドにお前を執務室に呼ばせたのだ。だが、お前は来なかった。

 罰を与えるつもりでここに来たが、お前はヘルムートの指示で待機を命じられていた。

 本来なら私の命令の方が優先順位は上のはずなのだが、な」


 間抜けに口を開けていたリーファが『罰』の一言に顔色を変え、怯えた様子で俯く。


「わ、私嘘は…」

「見れば分かる。嘘はついていない。

 メイドがヘルムートから指示を受けて、私の命令を無視させたのだろう。

 どうやら、この部屋に私を引きつけて時間稼ぎをしたいらしい」

「…何の為にですか?」

「私が知るか。

 …だがまあ、夕餉の時間まで用もない事だし、少し位なら付き合ってやってもいい」


 言いながらアランは席を立ち、ベッドの方へ向かった。ベッドに寝そべり靴を脱いで、彼女を手招きする。


 後を追ってベッドの前に立つリーファに、アランは命じた。


「ゲームでもして時間を潰してやろうではないか。手枷はあるか?」

「それをここで聞くのはちょっとどうかと思うんですが………革と鉄どっちがいいですか?」

「革でいい」


 命じられるままリーファはきびすを返し、戸棚から革の手枷を取り出して戻ってくる。


「!?」


 手枷を受け取るついでにリーファの腕を掴み、彼女をベッドに引き込んだ。ベッドに突っ伏して混乱しているリーファの両腕に、革の手枷をはめる。


 要求された時点で分かりそうなものだが、彼女は両腕にはめられた手枷を見て嫌そうな顔をした。


「今からヘルムートが来るまでの間に、私の服を脱がせて見せろ。

 全て脱がせたらお前の勝ち。ヘルムートが来たら負けだ」

「こ、これじゃあ脱がせられないじゃないですか」

「口でも足でもあるだろうが。好きにしろ。私は抵抗したりはしないぞ」


 余裕綽々でリーファを見上げていると、ちょっとやる気が出たのだろうか。彼女は両腕を見下ろし、手の動きを確認している。

 互いの手首を拘束するタイプだから指は動かせなくもない。服を掴んで引っ張る事ぐらいなら出来るようだ。


「…靴と靴下、脱いでもいいですか?」

「好きにしろ」


 許可を得て、リーファは茶色い革靴を脱いでベッドの側に置いていく。右足の白いハイソックスを脱ぐと、細い足の至る所に痣や歯形が現れた。


(…膝枕をさせるにしても物足りん………もう少し肉がつかないものか…)


 性欲を催させないその足を眺めていたら、リーファは左足のハイソックスを脱ぐ指を止め、口元に手を添えて考え込んだ。


「でもこれ、よく考えたら私がやる意味ないですよね。私に得な事がありませんし」


 何の役にも立たない女を城に住まわせているだけでも十分施していると思っていたが、どうやらこの側女はそうは思わないらしい。

 しかし、ゲームには賞品は付き物だろう。渋々アランは彼女の要求を受け入れた。


「…ならば褒美を取らせてもいい。

 お前が勝ったら好きな物を買ってやろう。その代わり負けたら罰ゲームだ」


 意見が通るとは思わなかったのか、目を丸くしてリーファはアランを見下ろしてきた。


「好きなもの…」


 頬に手を当て、リーファが考え込んでいる。

 本気で勝てると思っているのか、もわ、と黒い空気が彼女から溢れてくる。本気で欲しいものを言ってみようか、悩んでいるのだろうか。


「欲しいものがあるのか」

「この間、城下の宝石屋で見つけた赤い宝石のついたペンダントが…」


 黒いものが消えて行く所を見ると、どうやら本気で欲しいものらしい。

 怪訝な顔をして、アランは改めてリーファを見やった。


 彼女が着ている服はメイド達に支給していた旧式のワンピースで、アクセサリーは全く身につけていない。

 首回りはアランが青痣をつけてしまうから服で隠しているが、イヤリングやピアスもつけていないのだ。

 てっきり、飾り立てられるのが苦手なのかと思っていたが。


「…光り物が好きだとは意外だな」

「あ、いや。身に着けるものではなくて、その宝石、魔術を込める発動体に使えそうだなって思ってて…。

 以前手持ちの杖の発動体が壊れちゃったから、あれいいなって」

「なるほど」


 どうやら見た目の良いものではなく、実用的なものを好むらしい。いかにも庶民らしい発想だった。


「この国、何だか勿体無いんですよね。

 魔術に使う鉱石も良質な水源もあるし、人間の平均寿命も他と比べてずっと高いらしいんですよ?

 魔術師が育つ環境はばっちりなのに、偏見が酷くて魔術師が育たないとか。

 こういうのって、国が総力を挙げて教育すべきだと思うんですけど…」

「時間がないのではないか?もうゲームは始まっているぞ」

「ああ、しまった。よし、頑張るぞー」


 アランに言われて、残り時間が少ない事にようやく気が付いたようだ。

 急いでハイソックスを脱ぎ、少しだけやる気の出たリーファはアランに向かって倒れ込んできた。

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