第9話 催事の始まり

 ───それから一ヶ月程、時が過ぎて。


 外から聴こえてくる鼓笛隊の演奏が、城の中にもよく届く。まだ寒さの続く季節だが、その賑やかさは体を温めてくれるかのようだ。


 アランは謁見の間の玉座に腰かけ、ただその時を待っていた。

 幾度となく繰り返された王による品定め。今回の趣向は今までとは若干違うが、それでも成す事は変わらない。


 まだ時間はあると、ちら、とアランは右上に続く階段の先を見上げた。


 王族以外は通行が禁じられている階段の踊り場に、壁に寄りかかってリーファが落ち着かない様子で佇んでいる。どうやら気になってこっそり見に来たらしい。


 目が合ったアランに驚いている彼女に対して、に、と笑ってやる。不安の色が見え隠れしていたリーファははにかみ、安心しきった顔でうなずいていた。


 正面の大扉の先が慌ただしくなっていって、アランは視界をそちらに移した。


 程なく開いた大扉から、近衛兵と鼓笛隊に導かれて見目麗しい淑女達がしずしずと入ってくる。


 誘導に従い玉座の間に横一列に並ぶ彼女らを、アランは左から順に一瞥した。名前を胸中で暗唱する。


(ペトロネラ=グライスナー。アドリエンヌ=ルフェーヴル。

 エイミー=オルコット。ウッラ=ブリット=タールクヴィスト。

 そして、エレオノーラ=クラテンシュタイン…)


 国外に太いパイプを持つ家の者、社交界に影響の強い家の者、王族との血縁者と、確かに正妃として相応しい家系の女達ばかりだが───アランの”目”には、多かれ少なかれ黒いもやが放たれて見える。

 どこへ出しても恥ずかしくない美女達には違いないのだろうが、彼女らの美貌を隠してしまうその光景に、アランの顔もつい曇ってしまう。


(…きつい、な)


 眺めているだけでうんざりする光景だが、リャナによるとこの”目”はやましい気持ちにも反応してしまうという。ならば、不満や焦り、もどかしい感情なども感じ取ってしまうのかもしれない。好意的に解釈すれば、の話だが。


 見ているのが辛くなって、救いを求めて上階への階段の先に目を泳がしたが、そこには誰もいない。


 昨日もそれなりの頻度で吐いていたから、今日も本調子ではないのだろう。多少無理をしてでも、自分の事を見に来たのかと、アランは考える事にした。


(私も、成すべき事を成さねばな)


 鼓笛隊の演奏が終了し、場は整えられた。

 腹を括り、アランは視界を闇色の美女達へと戻したのだった。


 ◇◇◇


 一度に複数の女性達と見合いをする形式を取った為、今回はスケジュールが違っている。


 朝方から昼頃にかけて一人、昼頃から夕方にかけて一人が、アランと一緒に城を散策し親睦を深める形になったようだ。

 他の女性達はその間一ヶ所に集められ、ラッフレナンドの歴史や他国の情勢を学ぶ授業を受ける事になるらしい。

 朝食と夕食はアランと女性達が一堂に会するようで、そこでも親睦を深める事になるだろう。


 今回は短期集中で行われ、一日目にあたる今日は午後に一人、二日目は二人、三日目は二人がアランと会い、四日目に正妃が決まる。

 いや、決まって欲しいと願うしかない。


(あのアラン様だから、どうなる事か…)


 溜息を吐いて、リーファは側女の部屋でくつろいでいた。


 毎度の事だが、アランの見合い中はリーファ自身は部屋に籠っている事が多い。

 執務室へも行かないし、食事を部屋で取る事もある。リーファの”セイレーンの声”が、アランの妨げになっては良くないと考えたからだ。


 もっとも、全く対策が出来ない訳ではない。

 リャナに相談して、カタログに載っていたイヤーカフを紹介してもらって購入している。


 シンプルな銀製のアクセサリーだが、左右の耳につけておくと見えないヴェールが口元を覆い、”声”の力を抑え込んでくれる。厚手のマスクだと食事の時は外さなければならなかったが、これならその手間もない優れものだ。


 という事で、今はイヤーカフをつけているのだが───大人しくしている事に変わりはない。

 幸い今日は調子もそこまで悪くはなく、お守り代わりに吐き気止めも持っている。静かに過ごしていれば、特に問題はないはずだ。


 ───コン、コン。


「!」


 不意に扉をノックする音が聞こえ、リーファは顔を上げた。


 ここへと訪れる者は多くはない。アランは今見合いの女性と歓談中だろうし、シェリーらメイド達は各々の支度に忙しいはずだ。ヘルムートもアランの補佐でこちらに来る余裕などないだろう。


(一体、誰…?)


 不安と緊張を胸に、リーファはソファから起き上がり扉に近づいた。


「は、はい」


 おずおずと声を上げ扉をそっと開けると、そこには四人の女性達がいた。


 シェリーには遠く及ばないが、目鼻立ちは整っているし皆美人の部類に入るのではないか、とリーファの視点では思った。服格好もバラバラだが、質は良い物のようだと何となく分かる。しかし城のメイド服ではないし、そもそも彼女達を見た事がない。


 真ん中にいた金髪の女性が、にっこり微笑んで口を開いた。


「リーファ=プラウズ様、ですね?

 ワタクシ達、正妃候補の側仕えの者でございます。

 今後、長いお付き合いになるかと思いましたので、ご挨拶に参りましたの。

 ───今、お時間は空いてますわよね?」


『拒否など許さない』、と言わんばかりに、彼女らは同時に微笑みかけてきた。

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