第5話 美貌のメイド長の事情・1

 あっという間に夜は更けて。

 一日、何だかんだ城内は慌ただしかったような気がした。今まで見合いの話を渋っていたアランが、今回は乗り気になっていると知られた為、官僚や役員が手続きにバタバタしていたのだ。


 リーファの妊娠の話は、まだ自覚症状が出ていないので周知はされていない。『気のせいだったのかも?』とすら思っている位だから、知られない位が丁度良い。


 ───コン、コン。


「どうぞ」


 扉をノックする音に返事をすると、アランが入ってきた。既に湯浴みは済ませたらしく、バスローブ姿だ。

 リーファがベッドの縁から腰を上げようとすると、扉を閉めたアランがそれを手で制した。


「座っていろ」

「でも…」

「それよりも、その格好はなんだ」


 と言われて、両手を開いて自分の服装を眺める。


 パジャマで、リーファの体型に合うものがなかった為少しぶかぶかである。綿製で、柄もついていない白い無地のものだが、品自体は悪いものではない。貴賓室を使う人達用のパジャマだ。


 アランが訝しげに訊ねたのは、いつものナイトウェアを着ていなかった為だ。

 普段はアランの好みに合わせ、少し透けた水色のネグリジェや布面積の少ないランジェリーを着用していた為、装いが違う事を気に留めたようだ。


 リーファも少し困ったように、「ははは」と空笑いして腹を撫でた。


「シェリーさんが、『体を冷やさないように』と。インナーの上に腹巻もしているんですよ」

「全くシェリーめ…浮かれているな」


 ち、と舌打ちをして、アランがリーファの隣に座ってくる。ふかふかのマットレスが大きく揺れた。

 ぐらぐらと揺られながら、リーファはアランのげんを問いかけた。


「浮かれて…いる?」

「シェリーの事は何も聞いていないか」

「そう、ですね。独身だとは聞いていましたが、それ以上は」


 アランは少しの間うつむいて何か考え込んでいたが、やおら顔を上げてベッドの真ん中へ移動し始めた。夜の世話は出来ないと知っているはずだが、自身の寝室で寝るつもりはないらしい。


 毛布を引っぺがしてベッドへ潜り込むアランの側に寄りそうと、彼は話し始めた。


「シェリーは一度結婚しているが、不妊を理由に離婚していてな。

 子を成せない貴族の女がどれだけ肩身が狭いか、お前でも分かるだろう?」

「…っ!」


 ”不妊”の単語に身が震える。


 ───貴族の女性は、同格かそれ以上の貴族の男性と結婚するのが一般的と言われているらしい。

 貴族間の繋がりが重要視されているとは言っても、互いの子孫を残す事は大切だ。最悪親戚の子を養子縁組する形を取る事は出来るだろうが、不妊の場合多くは離縁して他を探す形になるだろう。


 先の魂騒動の時にも思ったが、貴族間の噂は思いの外早く伝わる。


 本当にシェリーが原因の不妊なのかは知らないが、アランがその話を知っているという事は、多くの貴族にも知れ渡ってしまったのかもしれない。実家へ戻ったとして、その胸中は計り知れない───


「そう…ですね。

 私ですら、ここにいて気にしていた位ですから、貴族の方なら相当でしょうね…」

「そんなシェリーを引き取ったのが、先王オスヴァルトだ。

 貴族の女が、城に勤めて教養を学ぶ事は珍しくない。一通りの作法を学んでいたシェリーの城入りを、先王が許可したのだ」

「先王陛下は、シェリーさんを助けて下さったんですね」

「………あれが助けた部類に入るのか、私には到底思えんがな」


 リーファの言葉に、天井を仰いだままのアランが顔を曇らせる。


「…それは、どういう…?」


 怪訝な顔でアランを覗き込むと、彼はこちらを見ずに目を閉じた。


「………シェリーは旅に出たかったのだそうだ。

 胎に子を宿せぬ身なら、家を出てせいせい諸国を回ってみたいと」

「旅に………そういえば、エリナさんに聞きました。

 シェリーさん、エリナさんの剣の直弟子だそうですね」


 城の薬剤所に勤めている中年女性エリナは、若かりし頃は見聞を広める旅をしていたらしい。ラッフレナンドで武勲を立てた折にシェリーに頭を下げられ、剣の手解きをしたのだとか。


 さすがに見た事はないが、『この城のどの兵士よりもずっと筋がいい』とエリナがのたまうのだから、相当な腕前なのだろう。


「旅をして回っていたエリナが見た世界とやらを、シェリーも知りたかったのやもしれんな。

 しかし、荷造りをする間もなく城入りが決まり、メイドの立場に縛られる事となった訳だ」


 ふと、リーファは考えた。

 ラッフレナンド城は確かに出入りが厳しい城だが、メイドの立場であれば用事にかこつけて外へ出る事も出来るはずだ。


「…逃げようと思えば、逃げられそうな気もしますけど…?」

「ああ、逃げたさ」

「ああ…やっぱり」

「しかしその度に連れ戻されて、当時のメイド長から酷い折檻を受けていた」

「ああ…やっぱり」


 リーファは言葉を繰り返し、さっと顔を青くした。


 天井を仰いでいたアランが寝返って、リーファを覗き込んできた。『酷い折檻』を想像した顔が見たかったのだろうか。楽しそうに眺めては頬を撫でる。


「しかし度々脱走を試みるシェリーに対し、何を思ったのか先王が妥協案を示したのだ。

『四人の王子達のいずれかに子が出来たら、解放してもいい』と」


 リーファは目をぱちくりさせて、アランを見つめ返した。

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