第6話 嘘つき夢魔の目・2

 アランの気がかりは、勿論リーファに毒を盛られる事ではない。

 リーファの言動一つ一つに、真偽の判断が出来なくなってしまった事だ。


「………そういえば、お前は夢魔だったな」

「ん?なんで急に話変わった?」


 唐突な話の切り替えに、リャナは眉をハの字に歪めて首を傾げてしまう。

 気が急いていたのだと自覚しつつも、悟られまいとアランは手で遮った。


「まあ聞け。世の中には”才”、というものがあるそうだ」

「ああ、聞いた事あるー。ちょっと飛びぬけた個性の事でしょ?」

「そんなところだ。その中で、”嘘つき夢魔の目”という才があるそうなのだが…」

「”嘘つき夢魔”?メアリード様の事?」


 探ろうとしていた答えがいきなり出てきて、アランは目を丸くした。

 動揺を悟られないよう、声を低くして訊ねる。


「…知り合いか」

「知り合いっていうか…昔の人?

 おとぎばなしの登場人物っていうかー………まあいいや。

 何代か前の女王リリス様の幼名…小さい頃のお名前、らしいんだけど」

「詳しく話せ」

「え、なんで?」


 真っすぐな目で質問され、アランはつい口籠ってしまう。

 リャナの立場ならば、いきなり話題を変えられ、知っている人物の話を振られたのだ。『話せ』と要求されれば『何故』と返すのが当たり前だが。


「………その才を持つ者が、色々あったのだ」

「ああ、王様の事なんだ」

「………………」


 あっさり看破されてしまい、アランはとうとう黙り込んでしまった。


 知られたくない事をすぐに暴露されてしまい、嘘も容易く見破られてしまう。

 このリャナという少女は、アランの目から見ても嘘をつかない稀有な生き物だが、胡散臭すぎて逆に苦手、という珍しい存在だ。


 次にどう話せばよいか考えあぐねていたら、心情を察してリャナの方が話を合わせてきた。


「別に話してもいいよ?でも…お代が欲しいかな。

 こっち側の情報だし、かんたんに教えたらパパに怒られちゃう」

「…いくら欲しい?」

「金貨二十枚。それか、知りたい理由を聞きたい」


 金貨で二十枚とはなかなかの高額だ。当然払えない金額ではないが、興味本位で訊ねたにしては代償が大きい。

 金が惜しい訳ではないが、本当の事情を話す事にした。どの道、この少女には分かってしまうだろうから。


「………私が、その才を持っている」

「うんうん」

「この才を持つ私の目は、嘘をつくものを黒いもので覆った姿で映す」

「うんうん」

「だが…この目をもってしても、嘘をついているかどうか分からない者達がいるのだ」

「リーファさん?」

「ああ」


 アランの小さな嘘に、リャナは敏感に反応した。にやっと笑ってみせる。


「うそつき。…じゃ、ないかな。他にもいるってところかな?」

「…隠す必要もないな。ヘルムートだ」


 うん、と少女は小さくうなずく。ふと首を傾げて、追加で質問が飛んできた。


「シェリーさんは違うんだ?」

「あれはな、先に言われている。『人は嘘をつくものです。ですからわたしも嘘をつきます』と」

「ふうん。まあ、いいでしょ」


 それでリャナは納得したようだ。この”目”に関わるおとぎばなしを、少女はぽつりぽつりと語りだした。


「メアリード様は、うそをつくのが大好きな夢魔の女の子。

 でも、うそをつかれるのは大嫌い。

 彼女の目には、うそをついた人が真っ黒いもやで覆われた状態で見えたんだって」

「それが由来か」

「多分。でも、それは正しい夢魔のあり方じゃないんだ。

 本来の夢魔なら、相手の感情に合わせて色んな色のもやが見えるの。青なら悲しい、赤なら怒り、緑は恐れ…とかね。

 だけどメアリード様は、うそしか見破る事ができなかった。

 まあ…おとぎばなしを内容を見る感じ、うそだけじゃないみたいなんだけどね。

 怖がってたり、嫌われてたり、裏切られてたりとか、何かやましい気持ちみたいのも含まれるみたい。

 ───何にしても、メアリード様は夢魔として半人前。

 いや、あたしでも出来るんだから、半人前以下、って所だったのかなー」

「………………」


 リャナの説明をアランは黙って聞き入る。自分の”目”が半人前以下の夢魔と言われて複雑な気持ちはあるが、そもそもそこを競うつもりはない。

 むしろ、今の”目”でも十分嫌な想いをしてきているのだ。様々な色が見える夢魔という生き物は、それはそれで生きづらいのではないだろうか。


「そんな半人前の夢魔が、どうやって夜魔種の女王リリスの地位についたか…は、多分関係ないから省くね。

 王様が聞きたいのは、このメアリード様の一エピソードだと思うの」

「ほう?」

「メアリード様には親友がいたの。

 人は誰でもうそをつくものだから、メアリード様にとって殆どの人が真っ黒に見えてたんだけど、この親友の姿は真っ黒に見えなかった。

 この親友は、メアリード様に嘘をつかなかったんだ。

 真っ黒な世界で一人だけ真っ白な親友。信頼しないはずはないよね?」


 ”親友”という単語に、アランは何とはなしにヘルムートを思い浮かべた。

 アランにとって、ヘルムートはこの”目”に影響されない大切な家族だが、”親友”と表現するには何かが違うような気がした。


(親友とはなんだろうな…)


 即答出来そうにない疑問は、頭から追い払う事にした。ここで求めているものはそれではない。


「…それで?」

「でも、とある人が、その親友もメアリード様を裏切ってた、って教えてくれるの。

 裏切られた事を知ったメアリード様が親友を見た時、今までは見えていなかった黒いもやが、親友を覆っている事に気づいてしまった。

 怒り狂ったメアリード様は、親友を殺してしまったの」


 十歳そこそこの少女が陽気に話すような内容ではなかったようだ。御伽噺おとぎばなしとはそういう要素が付きものではあるのだが。

 しかし、信じる想いが強ければ強い程、裏切られた反動が大きいのは分からないでもない。


「…何故、急に黒いもやが見えるようになった?

 その目は、それだけ不安定なものだと?」


 リャナは両腕を組み、ついでに足も組んで、偉そうに話を続けた。


「うーんとね。ここからは学校の授業で教わった話なんだけど…。

 そもそも目で見える感情って、見てる本人次第の所が強いんだって。

『この人はこう思ってるに違いない』って思ってると、そう見えちゃうみたい」

「…つまりメアリードは、親友は自分を裏切らないと思っていたから、黒いもやが見えなかった。

 いや、

 そして裏切られたと知って、黒いもやが見えるようになった、と」


 理解が追い付いたアランを見て、リャナは、うんうん、と満足そうにうなずいた。


「この話は続きがあってね。

 結局のところ、親友はメアリード様を裏切ってなかったんだ。

 メアリード様を快く思っていなかった人達が騙してたんだって。

 問い詰められた親友の『やだちょっと怖い』って気持ちが、黒いもやになっちゃったんだ。

 …で、その騙した人達もメアリード様が殺しちゃって、お話はおしまい。

『うそで人を傷つけたら自分に返ってくるんだよー』っていうお話なのです。めでたし」


 めでたし要素が果たしてあったのかは分からないが、魔物側の御伽噺おとぎばなしとしてはまともな部類なのかもしれない。

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