第33話 知らされた真実・3

 リーファが王族に関わる立場だと言うのなら、尚更腑に落ちない事がある。


「あ、あの、王様?」

「アランでいい」

「え、えっと。…アラン?」

「様くらいつけろ馬鹿女」


 息をするようにアランになじられ、リーファの顔が渋くなった。自分を膝に乗せる程仲が良いのかと思ったが、そういう訳でもないらしい。


「言えって言ったのに…。そ…それでですね。あの。

 ………私は一体、何の罪を犯したんでしょうか…?」


 リーファが一番知りたかった質問に、アランはカップを傾ける手を止めた。


 それが何を指しているのかよく分からなかったが、これは今のリーファの発端だ。疑問は投げかけないといけない。


「私がアラン…様の、側女で。でもって私が何か罪深い事をした…って事でしたら、きっと王族がらみですよね?

 詐欺とか…ですか?盗みとかしたんでしょうか。た、多分人は殺してないと、思うんですけど…。

 王様がわざわざここまで来るんですから、きっと、相当な事なんですよね…?」


 アランはリーファの方を見る事無く、表情を暗くしたままカップをソーサーへ戻している。


わずらわせてすみませんでした…。

 色々考えたんですけど、覚えてないにしても、罪は罪でちゃんと償わないといけないと思いまして…。

 い、痛いのは嫌ですけど…頑張って罰は受けたいと思うんですが………………あの?」


 恐る恐る顔を上げると、アランはリーファから目を逸らしていた。無視している訳ではなく、何故だかとても気まずそうだ。

 やがてアランはこちらを見ぬまま、しどろもどろと答えてきた。


「あ、あれは…嘘、だ」

「は…?」

「あの発言は、嘘だ。………お前は何も、罪になる事は…していない」


 頭の中が真っ白になった。


 城から飛び出して、救いを求めて東を目指し、色んな人に助けられて、この寒空広がる雪山の上まで来たのに。

 そのきっかけともなった言葉が───嘘。


「───。はああああああああ?」


 リーファの素っ頓狂な溜息が部屋中に響いた。


 この反応はアランも想定済みだったらしく、苦々しい顔で目を伏せている。まるで親に叱られてしょげている子供のようだ。


「な、な、な、なんで、そんな事に…?!」

「冗談のつもりで、言ってみた………弁解、する前に…お前が逃げた…」


 あんまりな理由に、リーファの体はプルプルと震えていた。ふわっとした目眩が視界をぐらつかせる。恐怖にも似ていた感情を塗りつぶし、代わりにぐつぐつした何かが湧き上がってくる。

 やがて、リーファの視界が、じわ、と滲んだ。


「………じゃあ、何ですか。

 記憶が無くて困ってる女に処刑宣告してからかって、逃げたから追っかけてきたと…そういう事ですか」


 それがアランの感情の何かに触れたのか。彼は顔全体に怒りを滲ませ、リーファを睨みつけてきた。


「に、逃げなければこんな大事にはならなかった!」

「逃げるに決まってるじゃないですか馬鹿ですか!」

「ば、馬鹿とはなん───」


 ぎり、と歯ぎしり一つして言い返してきたアランが、リーファを見て絶句した。


 リーファの瞳からは、大粒の涙がぼろぼろと零れていた。

 頬に雫が伝ってからようやく気付き、服の袖でそれを拭う。リーファの声は安堵に震えた。


「良かった………良かったですよ、もう…!

 私、何も悪い事してなかったんですね…もう、逃げなくて良かったんですね…」

「リーファ…すまなかった」


 アランの謝罪を、リーファはぎろりと睨みつけながら低い声で拒絶した。


「っ?!」


 まさか拒絶されるなどとは思ってもなかったのだろう。アランの端正な顔は歪みに歪み、困惑にたじろいでいる。

 仕方が無かった。何かいい感じに謝って収めようとする、彼の薄っぺらい気持ちが透けて見えてしまったのだから。


 服の袖で顔を拭うと、リーファはアランの手を引き剥がして立ち上がった。涙はもうない。心の籠らない謝罪で、すっかり止まってしまった。

 アランの目の前で腕を組み、リーファは鼻息荒くまくし立てた。


「元はと言えば王様がそんな馬鹿な事したからですよね?

 記憶が飛んで困ってる人間にそんな事するなんて頭おかしいんじゃないですか?

 どうせ『無罪にしてやるから言う事を聞け』とか言っていやらしい事するつもりだったんでしょう?

 最低っていうか下衆げすっていうか卑怯っていうか馬鹿なんじゃないですか?」

「いや…な、そ、そこまで言うか?!」


 怒りに顔を紅潮させ、アランは抗議してくる。しかし、否定の言葉がないあたり、どうやらサンが提唱した仮説『体目当ての脅迫』はあながち間違っていないようだ。


「ええ言いますよ。当たり前じゃないですか。

 城から飛び出してどれだけ困ったと思ってるんですか。

 周りは知らない人だらけで手がかりになりそうなのは手紙だけだし、道は全く分からないし。

 路銀も無くして一時は体売って稼ぐしかないかもとか思ったんですから。

 サンに助けて貰わなければどうなってたか。

 王様の一言で、きっと恐らく多分百人位は迷惑被ってるんですよ。ふざけんな」


 こんなに喋れるものなのか、とリーファは自分でびっくりしていた。ここに来て一人で過ごす時間が増えたから、反動が来ているのかもしれない。


「あ…っ、…ぅ」


 一方のアランは、目を白黒させて口をぱくぱくさせているだけだ。

 その情けない姿でより一層腹が立って、リーファは苛々と肩を竦めた。


「ああもううんざり。

 何しに来たかは知りませんけど、お城へ戻るつもりなんてありませんから。

 どうぞ独り寂しく雪山を降りて下さいね。それでは失礼」


 リーファはきびすを返し、早歩きで部屋を出て行こうとする。この男のいる場所に一分一秒も居たくなかった。


 あまりの剣幕に、アランは反応出来ずにリーファを見送りかけたが、ふと我に返って慌てて追いかけてきた。


「いや…ま、待て」

「嫌です」

「待てと言っている!」


 扉の手前でアランに左腕を掴まれ、リーファの体は無理矢理振り向かされた。


 リーファは、少し前にサンに教わった”男に絡まれた時の撃退法”を思い出す。


『男に近づかれたら、逃げるんじゃなくて一度懐へ飛び込むんだ。

 でもって思いっきり股間を膝で蹴り上げてやれ。おおっと、股間は見るんじゃねえぞ?

 気づかれないように、出来るだけ目を合わせるんだ』


(目は逸らさないで、懐に───!)


 言われた通りアランを睨みつけ、懐に向けて左足を一歩踏み出す。

 そして蹴り上げようと右足を踏みしめた時───


「ラッフレナンド城下に、大量の魂達が押し寄せている!!」

「───は?」


 アランの口から飛び出した話に、リーファは間抜けな声を上げた。右足はただ一歩進んだだけとなってしまい、そのままアランの胸の中に飛び込んだ。


 それが自分に何の関係があるのか理解出来ないでいる内に、アランはリーファの両腕を掴み、懇々と続けてきた。


「魂の浄化にはお前の、グリムリーパーの力が必要だ。

 私は王だ。ラッフレナンドの民を守る義務がある。

 お前には後で欲しい物を買ってやる。必要なら言葉を尽くしてやる。

 今、お前には戻ってきて貰わねば…困るのだ………頼む」


 そして腕を離して一歩下がり、アランは深々と頭を下げる。


(浄化………グリム、リーパー………力………?)


 リーファには、アランの言っている事が分からなかった。おじのハドリーが言っていたかもしれないが、自分と上手く結びつかない。

 でも───


(ラッフレナンドの、人達が…)


 お世話になった雑貨屋の店主や、その周りにいた人達が困っている、という事なのだろうか。


 頭を下げたまま微動だにしないアランを見ていたら、怒りの感情が少しずつしなびて行ってしまう。

 気持ちの整理は全然ついていないし、彼に良い感情は抱けないが───それよりも、大切にしなければならない事がある。そんな気がした。


「…よく分かりませんけど、おじいちゃんに聞いてからじゃないと…。

 どうするか決めるのは、それからですからね?」


 不承不承で応えると、アランは驚いた様子で顔を上げた。その表情からは、さっきの薄っぺらい謝罪なんかではない、本当に切羽詰まった気持ちが伝わってきた。


「あ、ああ。………………ありがとう」


 胸を撫で下ろしたアランに背を向けて、不機嫌に頬を膨らましたリーファはドアノブに手をかけた。

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