第28話 老人の昔語り・2

 本城1階の西側にある廊下を、北へ歩いて行く。

 この時間は人の行き来がない廊下なので、今は灯りはついておらず薄暗いが、夜目と記憶を頼りに北西の禁書庫の扉を開けた。


 言わずもがな、禁書庫の内部も灯りはなく真っ暗だったが、左奥の扉の前にカンテラを持った老人の姿があった。


 アランが禁書庫に入ると、カンテラに照らされた老人の口元が満足した様子で吊り上がった。

 扉を開けて司書室へ入って行く老人の後を、アランも追いかける。


 司書室は、出鱈目な構造になっている。

 まず司書室は、城の構造上部屋が作れない位置に扉が設置されている。

 そして扉を開けると、その先には城の土地では収まらない広さの構造物が出迎えてくれるのだ。

 司書室は入る度にその姿を変える。ドーム状、十字状、すり鉢状の部屋などを見た事がある。

 今回は円筒状の建物の壁いっぱいに本棚が備わっており、おびただしい量の蔵書が収められていた。


「建国の神話を、ご存知ですかな?」


 本棚に沿った螺旋階段をふたりで降りながら、ようやく老人は口を開いてくれる。


「…我が祖先サディアス=ラッフレナンドと聖女により、魔術師王国に革命が発生。後にラッフレナンド国が建国された。

 その後、聖女は魔女裁判にかけられた───その話か」

「はい。ではその後の事は?」

「………?何の話だ」


 アランの疑問に、老人は小さく溜息を吐いた。

 勉強不足を呆れているのかと考えたが、侮蔑というよりはやや納得した様子の吐息だった。


「建国後しばらく、この国は怪異に見舞われましてな。

 亡霊は飛び交い、墓地からゾンビは湧き、暗雲は国を覆いました。

 魔術師達の呪いか、聖女による神罰か………そう人々の中で、噂された時期があったのです」


 まるで見てきたかのような老人の物言いに、アランは眉根を寄せた。


 くだんの革命は、三百二十年は昔の話だ。

 初代ラッフレナンド王の活躍は伝説として語り継がれ、その直系であるアランも耳にタコが出来る程聞かされてきたが。


「………初耳だ」

「長い期間ではありませんでしたからな。

 一ヶ月か、二ヶ月か…その程度だったと聞いております。

 しかしそれほどの期間、心穏やかで居られた者がどれだけいた事か。

 幸い、城には結界が張られていた故被害はありませんでしたが…。

 この怪異が原因で、城下の人間の半分はこの地を離れたそうですじゃ」

「………」


 そんな話は聞いた事もなかった。

 ラッフレナンド建国のくだりは、聖女の処刑をメインに話が終わっている。いや、と考えるのが正しいのかもしれない。


(喧伝する者すらいない程、荒廃した時期があるという事か…?)


 資料も証拠もない。情報が足りなさ過ぎて憶測の域を出ないが、今の状況はその建国後の惨事と瓜二つだ。


「そんな中、事態を憂いた一人の男がある場所へと赴きました。

 男は”彼”と交渉の末、状況を打破する確約を得た」

「…この状況を変えられると、そう言いたいのか」

「”殿下”に、それが出来るかは分かりませぬがな」


(…お前の中では、私はまだ王になり切れていないのか、爺)


 昔話はさておいても、アランの呼称に眉根を寄せる。


 少なくとも、先王オスヴァルトの事は”陛下”と呼んでいたのは確かだ。うろ覚えだが、老人は先王に対して敬意は払っているように見えた。

 王の地位を得る以外にも、老人なりに”陛下”と呼ぶ基準が設けられているのかもしれない。それが何かは分からないが、その基準を満たさない限りアランは永遠に”殿下”のままなのだろう。


 やがて階段は終わり、司書室の一番下、絨毯が広がる広間へと到着する。

 中央に緑のテーブルクロスを広げたスクエアテーブルと、白いソファを設えた読書スペースだ。


 老人はそちらには目もくれず、本棚の合間に一つ備わっている扉の前へと立った。何の変哲もない木製の扉だが、ガラス窓の向こうは真っ白で何も見えてこない。

 司書室自体、建物としてあり得ない造りをしているのだ。この先に何があるかなど、皆目見当もつかない。


「男は憂いただけでした。しかし原因を知っていたからこそ、交渉のテーブルにありつけた。

 …殿下はどうでしょうな?果たして交渉にありつけるかどうか」


 老人が何を言っているか、アランはあまり理解出来ていなかった。

 分かったのは、老人がこの扉の先にアランを行かせたいらしい、という事だけだ。


「…行かねばならぬのだろう。私が王であるのならば」

「ご理解頂いているようで何より。それでは行かれませ」


 老人がドアノブを回して扉を引くと、その先の真っ白な世界から感じたのは、異常なまでの冷気だった。


「そおいっ」


 ───どんっ


 老人の奇声と共に、アランの体勢が崩れる。

 それが杖で背中を叩かれた為だと気付く前に。


「っ──────?!」


 アランの意識が、扉の外に投げ出された。

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