第26話 王としての責務

 身支度を整えて謁見の間に姿を現した頃には、既に官僚の殆どが集まっていた。

 玉座に繋がる北の階段からアランが下りてくると、彼らは一様に姿勢を正し、首を垂れる。


 アランは玉座に腰を掛け、早々に口を開いた。


おもてを上げよ」


 促されて顔を上げた官僚達を、アランはざっと見下ろした。魂達が現れだしてから四日目に突入している為か、皆の表情は一様に暗い。


「皆がここに無事集まってくれた事を、まずは喜ばしく思いたい。

 早馬の近衛兵より、大まかな事情は聞いているが、この場で情報を精査したい。

 ───報告を」

「それでは、わたくしからご報告致します」


 そう言って一歩踏み出たのは、ジェローム=マッキャロル国務大臣だ。小柄で、短い白髪交じりの金髪をポマードでまとめた壮年の男だ。

 既に資料は用意していたようで、ジェロームは持っていた紙束をめくりながら仔細を語り出した。


「事の発端は三日前の夕方。時刻は十八時ごろと記憶しております。

 ラッフレナンド城下の西側より、白い浮遊物が大量に飛来し、城下の民を襲いました。

 緊急事態でしたので災害救助法第一章第四条に則り、本城を避難地として設定。民を避難させ、現在地下のシェルターに収容致しました。

 現時点で死者は出ておりません。しかし、逃げる際に転倒などで負傷した者が十二名ほどおり、医師達に処置を任せています。

 民への食事は、一日二食までの配給制に致しました。

 …アルフォンス=セニョボス神父は、亡霊による襲来と判断。

 聖水による結界を張り、城内には侵入させないよう対策を取っているところです」


 ジェロームの完璧な報告に、アランは小さくうなずいた。


「この非常時に、よくぞそこまで対処してくれた。

 ───して、具体的な対策について、神父より回答は得られているか?」


 皆が知りたいであろう肝心な問いかけに、ジェロームの顔が曇る。


「それが………。

 一度に多くの亡霊を浄化する手立てはない、という事でした。

 一体一体、根気よく除霊していく他はない、と」


 あまりに絶望的な回答に、ざわざわと周囲の官僚らが騒ぎ出す。


「そんな…」

「この状況がずっと続くというのか…」


 彼らの悲愴感溢れる嘆きとは対照的に、アランはその事実を真摯に受け止めた。大方、予想通りの回答だ。


(魂を回収するグリムリーパーという存在がいる以上、神父や牧師が魂をどうこうする事は出来ないのだろう。

 せいぜい、無害化が関の山か…)


 かつてリーファを尋問した際に言っていた事が思い出される。


『…人が知らない所で、人に害がないように活動しているんです』


(失って、大切なものだと気付く………皮肉なものだ)


 自嘲気味に吐息を零し、アランはすぐさまジェロームに訊ねた。


「一つ聞こう。人の形を成した亡霊は、見ていないな?」


 まるで何かを知り得ているかのような問いかけに、ジェロームは目を丸くして口をぽかんと開けた。


「は?───そ、そうですね。ああいう、白いふわふわしたモノ以外は、今の所は」

「分かった」


 大方の情報が出揃い、アランは目を閉じてほんの少しの間だけ黙考した。


(魂だけが徘徊しているのならば、まだそこまで深刻な状況ではない…と見ていいだろう。実際、私が城下を歩いた際も、あれらは私に害を及ぼさなかった)


 アランも専門家ではないが、今の所は飛び回っているだけで害はないのではと考える。

 とは言っても、『じゃあ今のところは問題ないから民を解放しようか』とはならない訳だが。


(…止むを得んな)


 自分の中で方針が定まった。アランは目を開き、玉座からおもむろに立ち上がった。

 王が動いた事で、ざわめいていた謁見の間が静まって行く。

 彼らの視線を一身に浴びて、アランは淡々と今後の方針を宣言した。


「現在、私と同行していた従者達を各町に派遣し、牧師と神父をかき集めている。

 彼らが到着したら、アルフォンス=セニョボス神父主体で除霊を行う。

 ───そして除霊の進捗次第で、ラッフレナンド城と城下を放棄する事も検討する。

 必要に応じて王家に伝わる脱出路を開放するので、そのつもりでいてほしい」


 この決定は、官僚達をざわめかせるのに十分だった。

 城下住まいであれば、城下にある全ての資産を捨てて逃げろと言っているのだ。拒絶反応が出るのは当然と言えた。


「城を捨てると仰るのですか!?」

「民がいれば国を興す事は可能だ。民がいなければそこは国ではない」


 官僚の内の一人から放たれた問い質しに、アランは決然と断言した。


 アランとて、城と城下を放棄する事は避けたい。

 良い思い出ばかりとは言えない城だが、長らく住み続けていた土地だ。名残惜しくはある。

 そして国の中枢たるここから離れた場合、国としての立て直しはかなりの時間を要するだろう。

 しかし対抗手段が無いに等しい状況で、神経だけをすり減らすのは得策とは言い難いのだ。


 アランの足は階下を降りていき、やがて官僚らがいる広間へ立った。

 引き下がる官僚らと同じ目線に降り立ち、皆に告げる。


「あくまで最悪の状況を想定しての話だ。

 そこまでには至らないと思いたいが。とにかくもう数日、どうか堪えて欲しい」


 アランの説得に、官僚達がどういう感情を抱いたのかは分からない。

 少なくとも、アランの才”嘘つき夢魔の目”で見た彼らは、アランに対してやましい思いをぶつけてはいなかった。

 国の在り方を王が指し示す。それはこの数日間、足踏みし続けて疲弊した彼らにとって、一歩を進む為の光明だっただろうから。


「「「───御心のままに」」」


 官僚達が一様に首を垂れる様をアランは見下ろし、小さくうなずいた。


(この”目”を、信じよう)


 アランは、王としての責務を自らに課した。

 官僚達は、アランの決定に従った。

 ならば次にアランがすべき事は、不安に駆られているであろう民達に向き合う事だ。


「───そうだな。

 ラッフレナンドの民は風呂好きが多いから、今の状況は辛いだろう。

 どうせ浴場までは開放していないのだろう?

 3階の大浴場は女達に、兵士宿舎の地下浴場は男達に開放して、それぞれ使わせるといい。

 それと、3階は殆どの部屋が空いている事だし、側女と正妃の部屋以外は自由に使わせてやれ。

 …くれぐれも、喧嘩をしないようにな」


 そう言って、アランは薄く笑う。

 内から湧きあがる不安を押し殺し、王として民に不安を与えないよう、精一杯自信を持って。

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