第11話 彼女と己を勝手に重ねて・2

 ヴェルナはやおら席を立ち、リーファに詰め寄って来た。

 アラン達が反応する前にリーファの手を掴み、こんこんと説得してくる。


「貴女はこれほどの仕打ちを受けて、何故陛下のもとにいらっしゃるのですか?

 貴女はこの仕打ちを自分の所為にして、現実から目を逸らしているのではないですか?

 もっと幸せになるべきなのです。貴女に非など何もないのです。

 …貴女には、わたくしのような思いをしてもらいたくないのです…」


 そしてヴェルナは、最後にぽろぽろと涙を零した。


(自分と、重ね合わせてたのね…)


 ヴェルナの言葉を思い出し、リーファは溜息と共に目を伏せた。


 ───いつ頃から違和感を持つようになったのかは想像するしかない。


 でも男性として背が伸び声が低くなれば、『女性として生きろ』と言われていても葛藤が生まれただろう。

 嫁ぎ先で男性とバレなかったのなら、女性として妻として求められていてもおかしくはない。


 それはヴェルナにとって、『辛くても我慢するしかなかった過去』。


 そして、それと同等の思いをリーファが受けていると思い、ヴェルナは正妃候補に名乗り出たのだ───


(見ず知らずの、私の為に…)


 今まで”見ず知らず”の正妃候補に罵倒される事はあったが、”見ず知らず”のヴェルナはリーファの境遇に共感を示している。

 それはリーファの気持ちと必ずしも一致するものではないから、結局はヴェルナの自己満足でしかないのかもしれないが。

 この真摯な眼差しを見ていると、ヴェルナの心根の優しさが透けて見えるかのようだ。


「…私、ここを出たいって言ったら出して貰えるんですか?」


 成り行きを眺めていたヘルムートに訊ねると、彼は少し困った様子で首を傾げる。


「んー………出してあげてもいいけど…側女として仕事してないからね。

 お給料出ないけど、いい?」


 急に現実に立ち戻ってしまい、リーファの気持ちがぐらついた。


「う………そ、それは困りますね…。

 働いてた診療所に連絡してないから、多分仕事すっぽかして蒸発したと思われてるでしょうし…。

 次の仕事探すにも、先立つものがないと…」

「お金なら、わたくしがいくらでも…!」


 涙目のヴェルナは更に詰め寄るが、リーファは両手で制した。


「あ、いえ。そんな、会ったばかりの方から施しを受けるわけには…。

 だ、大体側女の仕事って、一体何をすればいいんですか。

 子供産むのが仕事とは聞いてますけど、そもそも子作りもしてくれないのに出来る訳ないじゃないですか」

「色気がないからな」


 こちらを見ようともせずにぼそりとこぼしたアランの一言が、リーファの胸にぐさりと刺さった。


「そ、そんな…もともと無いものを求められても…!」

「それを考えるのも側女の仕事だろうが。もっと努力しろ。

 …ああ、一昨日の巫女服は悪くなかったな。あんな感じで頑張れ」

「うぐぐ」


 お返しとばかりに厭味たらしくソファ越しに嗤うアランを、リーファは睨み返した。

 ついさっきまで不機嫌に染まっていた顔に強気な表情が湧いて見えて、それが無性に腹立たしい。


 ───パンパンッ


 そんなアランとリーファを牽制するように、ヘルムートが両手を叩いた。


「はいはい。

 何にせよ、ヴェルナ=カイヤライネンが男であると分かった以上、正妃として据える訳にはいかないね。

 と言っても、彼女…じゃなくて彼は、公には女性扱いなんだよね。

 王を騙したとして内乱罪で起訴するのは、彼の才を打ち消す必要がある。それはちょっと厄介だ。

 ここは一つ、またアランが機嫌を悪くして一方的に破談にしたって事でいいんじゃないかな?」

「………ああ、問題ない」


 アランの了承を得てヘルムートは立ち上がり、ヴェルナに向き直った。


「そういう事だから、明朝にはここを発って貰いたいんだ。

 正式な書状は後で持って来るよ。荷物の整理が要るなら、メイド達を寄越すから何なりと言って欲しい。

 不要な混乱を招きたくないから、今日いっぱいは出来る限り部屋を出ないで欲しいんだけど。

 ───いいね?」


 ヴェルナへ向けるヘルムートの眼差しは、リーファから見てもとても冷めたものだった。いや、冷めた、というよりは冷たい、の方が正しいかもしれない。


 王の補佐を務めているヘルムートの言葉は、たとえ目の前に王が居ようとも王の代弁者として成立している。

 言葉尻は優しく聞こえるが、要は『事を荒立てるならどうなるか分かっているな?』と言っているのだ。


 それは、ヴェルナも重々理解しているだろう。彼の横顔はとても怯えているように見えた。


「…分かりました。ご迷惑を、おかけしました…」


 そう言って、ヴェルナは深々と頭を下げたのだった。

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