第30話 たねあかし・2

「そんな事はどうでもいい。私はお前に用があって来たのだ」


 アランが、膝の上に寝そべりながらぴしゃりと言い放つ。不満そうだが、起き上がる気はなさそうだ。


 アランのふわふわきらきらな金髪を撫でながら、リーファは訊ねた。


「はあ。枕になってますよね。他に何かあるんです?」

「あの話だ」

「話?」


 言葉を濁すアランに代わって、ヘルムートがフォローをする。


「アランが子供の頃溺れた話だよ」

「ああ」


 何を知りたいのか察していると、アランは神妙な顔つきでリーファを見上げた。


「レッチェルト…当時からいた兵士は、お前には『話していない』と言っていた。

 二十年以上前の話だ。お前の年齢とは釣り合わない。

 ………誰に聞いた」

「はい。本人ですよ」

「本人って…」


 ヘルムートにも問われ、リーファはあっさりと白状した。


「はい。アラン様を助けた方です。

 ………人間、ではないですけどね」

「…魔物、か」


 苦笑いを浮かべて明確に言わないでいると、アランはもそりと体を起こし、渋い顔をした。


 リーファは、先日言いそびれていた”話のネタ”をぽつりぽつりと語り始めた。


「村からここまで来る途中、レヴール川の側で休憩を取ったんですけど、そこで人の作った罠にかかっていた彼女を助けたんです。

 名前は………ロベルティナさん…でしたかね。

 応急処置をする合間に、そんな昔話を教えてもらって。

 で、年齢と国章の特徴から、アラン様じゃないのかなって」


 そこまで説明すると、ヘルムートは何故か嬉しそうに胸を張った。


「ふふん、噂の通りじゃないか。やっぱり魔物だったんだよ」


 ヘルムートと憮然としているアランを見て、リーファは首を傾げた。


「…噂って、何の事ですか?」

「あの話が皆に伝わってね。

 その女性は実は魔物だったんじゃないか、ってメイド達の間で噂が舞ってたんだ。

 候補に挙がってたのは、人魚とセイレーンとニンフだったかなぁ。

 僕はニンフだと思ったんだよね。人間と魔物の恋愛話の定番だし」


 そう語るヘルムートは、何故だかちょっと嬉しそうだ。男性でその手の恋愛話が好き、というのはやや意外だが、こういうものは性別は関係ないのかもしれない。


「そんな噂が出てたんですね、へえ………でも残念。全部ハズレですね」

「…おや、違うんだ?」

「もったいぶらずにさっさと言え」


 ヘルムートとアランに興味を持たれ、リーファは口の端を緩めた。周りが知らない事を知っている、というのはちょっとだけ気分が良いものだ。

 せっつかれたリーファは、控えめな胸を反らして誇らしげに答えた。


「えへへ。驚かないで下さいよー。

 実は………だったんですー」

「「えっ…」」


 アランとヘルムートは、同時に似たような反応を示した。目を見開き口をぽかんと開け、驚いている、というよりは動揺しているようだった。


 ふたりの反応が思ったよりも薄いような気がして、リーファはきょとんとしながら交互に見やった。


「ん?どうかしました?」

「スキュラ…なの?」

「はい」

「スキュラって…人、食べるよね?」

「そうらしいですね?」


 ヘルムートの質問に、リーファは澱みなく答える。


 スキュラとは、上半身は人間で下半身は魔獣の姿の魔物だ。上半身は美しい女性である事が多いが、下半身は何匹かの犬や、無数のタコの足、あるいはヘビだったりする。


 リーファが会ったロベルティナは、茶色い犬が六匹集まった女性のスキュラだった。


 ヘルムートは、額に手を当てて何か悩んでいるようだった。


「ええっとぉ………本、当?」

「本当ですってば。

 アラン様は本当に運が良かったんですよ?スキュラと遭遇して、生きて帰れたんですから。

 ロベルティナさん、たまたま他の人間を襲ったばかりでお腹いっぱいだったらしくて、から生かしたらしいんです。

 …王族だって知って悔しそうでしたねえ。

 良い物を食べてる人間はお肉も美味しいらしいですから」


 と言ってアランを見やるが、彼はいつも以上に険しい顔をして、あまり聞いていないようだった。

 そして、急にヘルムートの方に顔を向け、低い声音で指示をした。


「ヘルムート、レヴール川周辺に討伐隊を派遣しろ。至急だ」

「りょ、了解」


 我に返ったヘルムートは慌てて席を立ち、部屋を出て行ってしまった。


 只事ではないふたりの様子を見て、リーファはおろおろした。何かまずい事を言ったような気がする、という雰囲気だけは伝わってくる。


「え、あ、あの?わ、私なんか、おかしな事言いました?」


 ヘルムートを見送って、扉を眺めるアランがぼそりとリーファを呼ぶ。


「…リーファ」

「は、はい?」


 ぐるり、と振り向いたアランの形相を見て、リーファはそれが見てはならないものだと悟る。

 部屋中どころか城中にすら響くような大絶叫で、アランはリーファを激しく叱り飛ばした。


「お前もそんな物騒なものを助けるな馬鹿者がー!!」

「きゃーっ?!何で?何でいきなり怒るんですか?髪引っ張んないで下さいぎゃーっ?!」


 伸びてきた手に抵抗など出来るはずもない。

 髪を掴まれ、頭を叩かれ、揺すぶられ、尻を叩かれ、締め上げられ───

 しばらく続いた折檻の中、リーファは先の発言を死ぬほど後悔したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る