第24話 活路は牢獄にあり・2

 外の兵士が部屋の前で待機した音を確認して、ヘルムートは口を開く。


「さて、分かってはいるだろうけど、まずは自己紹介だ。

 僕の名前はヘルムート=アルトマイアー。

 アラン陛下の側仕えだが、今回は国家反逆罪を犯した君に対する供述録取書作成の為、尋問官の役を買って出た。

 今から君がここで発言したことを元に、裁判は開かれ処分は下されるだろう。

 女神に誓って、君が正しい証言をしてくれる事を祈っている」


 扉の先の兵士を警戒しているのだろう。ヘルムートは当たり障りのない話からし始める。


「まずは、君の名前から聞こうか」


 リーファは戸惑った。ここで本名を言う事に意味はない。なら、何を言えば良いのか。


「ええ、っと…」


 困っていると、ヘルムートは持ってきていたノートの一ページ目を開いた。『偽名で』と短く綴られている。


 リーファは小さくうなずいて、咄嗟に浮かんだ名前を挙げた。先日読んだばかりの御伽噺おとぎばなしに出てくる脇役の名前だ。


「ヒルベルタ、です」

「ヒルベルタ。いい名前だ」


 にこっと笑って、ヘルムートはもう一冊のノートに名前を書いていく。


「ではヒルベルタ。とりあえずこちらの書面を確認してほしい。

 今後についての事を書いている。時間はいっぱいあるから、ゆっくり見て欲しい」


 ヘルムートはノートの次のページを開いた。そこには、ヘルムートの筆跡で殴り書きがされている。


『君の事情は大体把握している。

 逃げ出す事はいつでも出来るけど、君の性格だから出来るだけ周りに迷惑をかけないよう考えているんじゃないかな?』


 しっかり見透かされていて、リーファはちょっと恥ずかしくなった。ヘルムートを見ると口には出さないが笑っている。


 次のページをめくると、そこには今のアランの状況が綴られていた。


『ウォルトン親子は、”自分たちのあずかり知らない所でセアラの名前をかたった女が御者に連れて行かれた”という筋書きで、正式な見合い相手としてアランについて回っている。

 アランはすごい嫌がっていたよ。

 今回の偽者騒ぎの落ち度が王家にあると言って、ウォルトン親子は謝罪と金銭と婚姻を要求している。

 おかげで御者のシュミットがすっかりふさぎ込んでしまった。

 普通の見合い話なら即日追い出すんだけど、今回は偽者の処刑が終わらなければ帰らないと突っぱねているんだ』


(…困った人達ね…)


 リーファは呆れた。


 見合いは、普通なら身の回りの世話をする側仕えが一緒についてくるものなのだが、今回は誰もリーファに同行しなかった。

 加えて、リーファがデニス=シュミットに連れ出された際、ウォルトン邸の者達は誰も見送りをしなかった。


 要は、リーファ自身がウォルトン家の誰とも接点がないように見えるから、こういう言い訳が出来てしまうのだ。


『ウォルトン家の屋敷から出てきた年頃の娘が、実は偽者でした』という発言はかなり酷い言い訳なのだが、それを覆すにはリーファと彼らが繋がっている事を証明をしなければいけない。

 彼らはそこを知らぬ存ぜぬで通す事が出来るから、こちらの分が悪い。


 次のページがめくられ、一緒に一枚の図面も見せてくれる。

 本城と監獄の地下1階の見取り図なのだが、この拷問部屋を出て直進した先の突き当りから、見取り図には書かれていない東に向かって伸びる赤い線が引かれている。


『予定では、明日にも裁判は行われ即日結審。良くて流刑、悪くて火刑となるだろう。

 国家反逆罪の場合、裁判は謁見の間にて行われる。この監獄を出て本城へ移動する事になる。

 ここを出る際に上手く抜けて、この突き当りにある壁の、一ヶ所色が違うレンガを思いっきり押してくれ。

 スイッチが働いて、回転扉が動作するようになっている。

 道なりに進んでもいいけど、目くらましが成功すればあとは適当に消えてくれていい。

 奥まで行く必要はない』


 見取り図を眺めながら、リーファは昼間の会話を思い出す。


(…アラン様が言ってた、王子だけが知ってるっていう脱出路の事なのかな…)


 右腕だけ一部非実体化して拘束を解き、リーファはテーブルに置いてあったペンを取ってノートに書き足す。


『その脱出路が知れると、ヘルムート様に迷惑がかかるのでは?』


 苦笑したヘルムートはリーファからペンを取り上げ、横に追記してくれる。


『そこは僕の脱出路じゃない。

 随分前に僕が自力で見つけたけど、道が水で埋もれてて探索を諦めた場所なんだ』


(ああ…なるほど。老朽化とかで使えなくなった脱出路…なのかな…)


 納得して、リーファは静かにうなずいた。


 しかし、それだと裁判当日リーファを連行する兵士達に責任が及んでしまう。

 御者の落ち度で偽者の正妃候補を連れてきた上に、捕えた偽者を兵士が逃がしたとあれば、国の威信に傷がつくのではないか。


(出来れば、誰にも迷惑をかけたくはないんだけどなあ…)


 こちらの考えている事が分かるかのように、次のページにはこう綴られている。


『城の人間の責については考えてくれなくていい。

 アランは寛大な処置を取るつもりでいるし、それ以上の事はこちらで何とか出来る。

 あの親子は婚姻まで望んでいるけど、決定権は王にしかない。適当に金を積めば黙ってくれるさ』


(それはそうなのかもしれないけど………なんだかなあ…)


 頬を膨らまして不機嫌に唸るリーファを、ヘルムートは、ふふ、と軽く笑う。手は次のページを開いた。


『それよりも、”偽者がここへ来た理由”について相談したい。何か、いい案はないかな?』


 確かに供述録取書を書くのであれば、理由は必要だ。


 リーファの行動は、傍目には”城の人間全てを欺いて正妃候補に成りすました大胆不敵な女”だ。見ようによってはミステリー小説などでありそうな話だ。


 ───『ああ、王族だなんて知ってたら見逃さなかったのに…』


「…あ」


 不意に、少し前にやり取りした会話を思い出し、目を見開く。何とも大胆な事を考えるものだと不本意にも感心してしまったから、印象に残っていたのかもしれない。


 声を上げた事でヘルムートがびっくりしている。リーファはペンを取って、ノートに書き綴った。


『アラン様に今から書く事を伝えてもらえませんか?』


 あまりに慌てた素振りだった為か、ヘルムートは首を傾げきょとんとしていたが、リーファは構わずにノートにそれを書き続けた。

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