第3話 求婚の理由・1

 翌日になって。


「今日、ハジメテの出張販売をしに、ラッフレナンドのお城へやってきた薄幸の美少女リャナちゃん」


 波打つ金髪と紅色の瞳を持つあどけない風貌の少女は、まるで演劇の語り手のように声を上げる。


「何故か来た早々、王様からいかがわしい拘束プレイを受けているのであった、まる」


 執務室で、ひもでぐるぐる巻きに拘束されながら。


「何がまるだ、何が」


 アランは、芋虫のように手も足も出ない状態の少女を見下ろす。


 執務室にはアラン、ヘルムート、シェリーがいて、自称薄幸の美少女リャナを囲むようにしている。少女の側には大きな袋が置いてあり、小瓶やら薬のようなものやらが零れ出ている。


 ◇◇◇


 ───少し前に発生した魔王の義娘リャナの襲来の折、リャナからとある提案がされた。

『魔物側の物資をラッフレナンド城でも販売したい』と。


 何でも、リーファは城下にいた頃、定期的に魔物側の物資を通信販売で購入していたらしい。

 だが彼女が城に入った事で注文が無くなってしまい、お得意様が一つ消えた事になっていたようだ。


 新たな顧客を開拓する為に、リーファ経由でラッフレナンドの城内でも通信販売をしたい、とリャナは考えたらしい。

 物資の中には、若返りの薬や傷を消す軟膏、魔力剣の類なども売られているようだ。


 魔物側は、新規顧客開拓の為。

 リーファは、引き続き通信販売を利用する為。

 ヘルムートは、魔物側の有益な物資確保の為。

 ついでにリャナは、配達と称して友人であるリーファに会いに来る為。

 色んな思惑があって、リャナに城内での販売許可証を発行するに至った、という訳だ。


 数日遠出している間に勝手に決まってしまった事について、アランの反応は渋いものだった。

 しかし、以前リーファの自宅で魔物製の保冷庫を見ていたらしく、嫌々ながらも許可証の発行に捺印はしてくれている。


 当面の間は、リーファやヘルムートが個人的に通信販売を利用する流れになる。城内への拡充はこれからの課題だ。


 魔物とラッフレナンド王が繋がっている事が露見するとかなり厄介だが、そこはお互いに上手くやっていくしかないのだろう。

 リーファを側に置いている時点で、割と大概ではあるのだが。


 ◇◇◇


 という訳で、記念すべき第一回目の配達でいきなり縛り上げられてしまったリャナは、不服げに体をくねらせ暴れだした。


「いや~これ外して~。

 あたし気に入った人をしばるのは好きだけど、好きでもなんでもないキモいおっさんにしばられる趣味はないのー」

「よし、首をねるか」


 アランが執務室に飾っておいた剣を手に取り、鞘から剣を引き抜こうとしたところをヘルムートは慌てて止めた。


「ダメだよ。リーファの事聞かなくちゃいけないんだからね」

「え?リーファさん何かあったの?」


 リャナの大きな瞳がぱたぱたと瞬き、不思議そうにシェリーを見上げる。


「さらわれてしまいましたの。グリムリーパーのマルセルと名乗る男に」

「何か心当たりはないかい?」


 シェリーとヘルムートの問いかけに、リャナは表情を曇らせた。まるで何か知っている風だが、どこか言いづらそうにも見える。


「あ~~~。ない、訳じゃないんだけど………。

 とりあえずこれ外してもらっていい…?」


 シェリーとヘルムートが、同時にアランに顔を向けた。

 アランは不機嫌に息を吐き、リャナに警告する。


「下手な真似をしたら殺すぞ」

「もちろん。商売人たるもの、契約は守るものですから」

「商売人が王に剣など向けるか」


 アランは吐き捨てるように呟き、シェリーに目配せをして執務机の椅子に腰かける。


 シェリーが拘束を解いていくと、体が自由になって起き上がったリャナは二、三度体を伸ばし、アランに向き直って話し出した。


「ええっと。まずそっちに関係ない話からするね。そうじゃないと、事情が呑み込めないと思うから。

 ───最近ね、魔物の純血種が何者かに殺される事態が続いてるの」


 あまりにも唐突な敵国の機密情報に、それぞれが顔を見合わせる。


「…それは人間の勇者が討伐した、という話ではないのかい?」

「何の関係がある」

「だから関係のない話からするって言ったじゃん。

 …魔物の純血種ってすごく少ないけど、一人一人がすっごく強いの。

 魔王クラスの強い人達ばかりなんだから。

 それがバタバタ殺されていって、魔王であるパパは魔物全体の士気が落ちる事を気にしてるんだ」


 陽気な魔物から得られた情報は、執務室の温度をぐっと下げるのに十分すぎた。ヘルムートは無論の事、アランとシェリーも神妙な顔つきになる。


 人間からすれば、魔物全体の士気が落ち込むのは大変ありがたい。

 しかし、魔王クラスの化け物をバタバタ倒せる手合いがいる、という話はあまり気持ちが良いものではない。それらが敵に回るかもしれないからだ。


 場の空気を読んで、リャナは両手を叩いて話題を切り替えた。


「とまあ、しみったれた話はここまで。

 それでね、うちのパパが、子育て支援制度を設けて魔物を増やそう、って案を打ち出したんだ。

 異種婚でもいいんだけど、同種族婚だとより特典がつくの。

 片親にも支援が入るらしいから、申請するだけで得をする仕組みなのね。

 具体的には、お金や物資の支給。あと、レジャー施設の無料サービスなんかもあるんだ」


 ヘルムートにとって魔王は、ちらりと見ただけの敵国の王だ。容姿は確認したが、その気性までは分からない。

 アランは、『娘が危地にいると知ってなお、取り乱す事はなかった』と言っていたから、冷静沈着な人柄だと分かった程度だ。


(魔王も国政に頭を抱える事があるのかな…)


 魔王という肩書きにしては何とも微笑ましい案だが、こういうものはどんな人種でもそう変わりはないのかもしれない。しかしがらっと話の雰囲気が変わってしまい、どう反応して良いのか悩ましい。


「…じゃあ、その特典目的で、リーファを連れ去ったって事?」

「だと思う…んだけど…」


 曖昧に返事をするリャナを、怪訝そうに見下ろすアラン。


「何かあるのか」


 リャナは小さくうなずいて、シェリーに顔を向ける。


「前、シェリーさん達には話したよね?

 グリムリーパーは人間じゃないけど、魔物でもないって」

「そういえば、そうでしたわね」

「…そうなのか」


 アランの問いかけにヘルムートが答える。


「グリムリーパーには、魔王が使える魔物に作用する力が効かないらしいんだ」

「………そうか」


 それだけ言って、アランは何か思う事があるのか黙ってしまう。

 ふと、シェリーは何かに気が付いてようだ。はっとして、リャナに顔を向ける。


「…しかし、それですと」

「うん、グリムリーパーは今回の支援制度の対象外なんだ。

 だから…マルセル、もしかしてそこら辺の事知らないんじゃないかなって…」

「「「………………………」」」


 執務室に沈黙が落ちた。

 アランは眉間にしわを寄せ、シェリーも呆れに目を伏せている。

 リャナも、自分で言っておいて信じられないのだろう。不満そうに唇を尖らせていた。

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