第5話 夜のお茶会・2
(このお茶に合いそうなお菓子って、どんなものがあるかな…?)
カップを手に、ホクホク顔でおやつの時間に出すお菓子を模索していると、ブリセイダはテーブルに頬杖をついて訊ねてきた。
「…それで、アランの事は、どうだい?」
は、と我に返り、目の前に他国の王がいる事を思い出す。
気の緩みをリーファは恥じつつ、ブリセイダの問いかけに前置きをした。
「…え、えっと、そう、ですね。
私としては、まだ全然、お心を開いてもらってるとは思ってないんですけど…」
「それはないよ。ないない。
君に対するアランの態度は、私やあの周囲の人間とさほども変わらない。そこは自信を持っていい」
アランと付き合いの長いブリセイダがそう断言するのなら、否定するのは失礼にあたるだろう。リーファは顎に手を添えて、今までの事を思い起こす。
「そ、それでしたら…ええと、そうですねえ。
ここに来たきっかけは、大した話ではなかったんです。
たまたま城へ来た折に、先王陛下のご病気の事でお手伝いする機会があって。
側女になったのも、なりゆきのようなもので、その時は…そうですね。
高圧的で、怖い方だと思っていました。…今も、十分怖い方ですけど」
「だろうね」
ブリセイダは静かに相槌を打つ。対等に張り合える彼女であっても、アランはそういう人柄なのだと理解しているようだ。
そんなブリセイダから事情を聞き、それでもついてきてくれたペルペトゥアには、只々感謝する他ない。
「多分、ブリセイダ様のおっしゃる通り、振らせるつもりで接していたのではと、思います。
実際、一度城を出る話もあったんです。頑張って伸ばしていた髪を、切られて…」
金の瞳に、すっと怒りが灯った。
「よし、今からあいつを殴りに行こう」
「あ、いや。それはもう、いいんです。
いや良くはないんですけど。殴っても伸びませんから」
席を立って部屋を出ていこうとするブリセイダを、リーファは慌てて止めた。
立ちふさがっても横から抜けられ、引き締まった腰に抱き着いてようやく足を止めてくれる。
興奮冷めやらぬ様子のブリセイダを何とか座らせ、リーファも席に戻り、茶の香りに心を落ち着けつつ言葉を続けた。
「ええっと、で、なんでしたっけ。…そうそう。
本当に最近なんですけど、アラン様に薬を盛られてしまい、私が何か色々喋ったらしくて。
そういう点で言えば、弱みを握られている状態…と言えるのかもしれません」
ちらっとブリセイダを見やると、その端正な顔の額に青筋が浮かんでいた。自分の
「あいつ
「う、うん。返す言葉もないですね…」
「しかし、今の君を見て思う事が一つある」
「え、あ、はい。なんでしょう?」
「君、あんまりアランの事好きじゃないだろ」
は、と疑問でも否定でもない、ただ息を吐く音がリーファの唇から漏れた。
目から鱗、とはこういうものなのかもしれない。今まで誰にも言われなかった事を指摘され、胸のつかえのようなものがすっと降りていったような気がする。
「君から見たアランという男は、君が一番遠ざけたい類の人間なんじゃないか?」
ブリセイダの言う”一番遠ざけたい類の人間”を思い浮かべる。
あまり思い出したくない昔の事を。体を抱えて怯えるしかなかった頃の事を。
身震いがして、リーファは肩を緩く抱いた。
「そう…ですね。どちらかというと苦手なタイプの方、ですね。
圧をかけてくるような人が苦手で…。
アラン様に迫られると身が竦んでしまうんですよね」
「蛇に睨まれた蛙のような」
「そんな感じです。………アラン様、ねちっこくて蛇みたいですし」
「言うね」
「ただ、今の王族の制度で側女か正妃が必要という話だったので、正妃は無理でも側女ならなんとか、と。
ちゃんと正妃様が決まって、いらなくなればここを出れば良いだけですから」
リーファの言い分に、ブリセイダの表情が硬くなる。
アランに怒っているのではない。これは間違いなく、リーファに対する怒りだ。
「…君の考え方は嫌いだ。自分を軽んじている」
「はい。私も、これはダメだって思ってます」
決然と、リーファも答える。
ブリセイダとリーファの目がかち合って、しばらく部屋に沈黙が落ちる。茶の風味が広がるも、すぐに霧散していく。
見つめ合いは続いたが、音を上げたのはブリセイダの方だった。大きく溜息を吐く。
「…分かってるならいいよ」
「はい、ありがとうございます」
「礼を言われてもなあ」
気を
ブリセイダは足を組んで、椅子に背を預けた。
「まあでも、そういう人間じゃないとアランが本性をさらけ出せない、というのは分かるよ。
弱み
───しかしそれだけかなぁ…?」
唇をへの字に歪めて腕を組んで考え込んでしまうブリセイダ。
リーファも腕を組んで思いを巡らす。
「そうですねぇ………取り入った…取り入ったっていうと…。
ここに来て呪いを解く手伝いはしましたけど、それが取り入ったっていうのは何か違うし…。
あとは…毎日お菓子を差し入れている事くらいでしょうか」
「お菓子ぃ?」
呆れた面持ちで、ブリセイダが間の抜けたような声を上げる。
「ええ。
アラン様、昔から無類のお菓子好きだったんですが、周りの目を気にして食べるのを控えていたとか。
でも私が来るようになって、『リーファの菓子食いに付き合ってる』建前が出来たとかで、お菓子を食べる頻度が増えたそうなんです。
それで、毎日厨房を借りてお菓子作って、午後にお持ちしているんですよね。
…何を作ろうか悩むんですよね………同じものじゃ飽きられるし、勉強はしているんですが」
「俗に言う、胃袋を掴んだってヤツか。しかしそれはさすがにチョロすぎじゃ…」
───ぐう。
なんとも情けない音色が聞こえてきた。
何かと豪胆な印象のブリセイダだが、自身の腹の音については恥じらう気持ちがあるようだ。頬を掻いて苦笑いを浮かべている。
「っははは。菓子の話をしていたら腹が空いてしまった」
「せっかく美味しいお茶を頂きましたし、何かお菓子が欲しいですね。
食堂へ行ってみますか?何か残り物があるかもしれませんよ」
「おお、それは良い。早速行ってみるか」
ふたりして席を立ち、扉に向かおうとする。
しかしリーファは、ハッ、と気付き、ブリセイダに声をかけた。
「ところでブリセイダ様」
「なにかな?」
「そのままで行かれるんですか?その…中が見えてしまわないかなと」
ブリセイダは立ち止まり、自分の格好を一通り眺める。言うまでもなく、彼女はバスローブを着ただけのラフな───というよりも裸婦に近い───格好だ。
彼女は肩を竦めて、リーファに逆に問いかけた。
「見えて問題が?」
反応に困り一瞬固まってしまったが。
しかしリーファが見ても、ブリセイダの肢体はとても引き締まっていてある種の芸術のようにも感じたから、別に問題ないような気すらしてしまった。
「そう…ですね。ないかもしれません…」
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