第17話 魔王との懇話・1

 それから三時間後。


(きつい…)


 きゅるきゅると目が回る。立てなくはないが、歩くのは当分難しそうだ。


 食事に会話に花が咲いたら、何だかんだでアルコールにも手をつけるようになってしまった。

 そこでドワーフのセルソから『水だよ』と勧められた透明の液体を勢いよくあおったら、どうやら米酒だったらしい。相当度数が強いのか口に合わなかったのか、一気に酔いが回りこのていたらくだ。


 しかし、周囲の魔物たちも大体似たようなものだ。

 酒を勧めたセルソはまだまだ飲み足りないようだが、ゴブリンのニクラウスは床でいびきをかいているし、もう一匹のゴブリン・ヘロニモは虚空を仰いで何やらブツブツ呟いている。


(魔物も人間も酔えば同じか…)


 話が通じそうだと思っていた狼獣人シャークに至っては、最初のワインを飲んだら早々に撃沈してしまった。


(何故飲んでしまったのか…)


 他にも幾人かの女魔物が参加したりしていたが、酒や食べ物が尽きたら早々に席を離れてしまった。


(どこの女も、こういう時は逞しい…)


 女の頼もしさに感心しながら何とか酔いが醒めるのを待っていると、入り口の方がにわかに騒がしくなった。


 テーブルに突っ伏していた顔をのそりと起こして見やると、そこそこの数の人だかり───ならぬ魔物だかりが出来ていた。

 それはノロノロながらもこの店の中に入ってきて、やがてこちらのテーブルに近づいてくる。


 男女半々の魔物と談笑している中心人物は、さっき嫌というほど見た魔王だった。


「おお、魔王様ぁ!」


 向かいで飲んでいたセルソが快活に声を張り上げる。


「やあ」


 魔王はセルソに気さくに応えると、テーブルの周りをぐるっと眺めて苦笑した。


「セルソ、随分飲んでいるのではないか?」

「んなこたぁないですよ。まだお茶割しか飲んどりゃしませんって」

「そなたのお茶割は酒が多いからなあ。

 明後日までに完成させたい大剣があるのだろう?ほどほどにな」

「分かってますぁ」


 がははは、と陽気に笑うドワーフに微笑み返して、魔王はアランに顔を向けた。


 顔を上げていたら酔いが回りやすくなった気がする。胸をさすって視線をテーブルに落とす。


「こんなところで、お楽しみとはな」

「何の、用だ…」

「ご挨拶だな。そなたがいないと、リーファが心配していたのでね」

「リーファ…?」


 目を閉じ、誰の名前だったかと少し考えていると、魔王がその答えを教えてくれる。


「そなたと一緒に来た、女性グリムリーパーだ。恋人ではないのかね?」


(ああ、そういえばそんな名前だったか…)


 ようやく思い出すが、”恋人”の単語でたまらず噴き出した。


「っは、そんなものか…あれが。

 名前など…片手で足りる程度しか、呼んだ事は…」

「身をていしてそなたを守ったのにか?随分とつれないな」

「民が、王を守るのは…当然だろう…」

「民?彼女が?」


 当然の事を不思議そうに訊ねてくる。


(ラッフレナンドの城下町に住んでいて、多少魔物の血は入っているが人として育ち、今は城でのさばっている女が民でなくて何だというのか…)


 大した話ではない。問答する気力もないから黙って突っ伏しているうちに、魔王は勝手に自己解釈を済ませたようだ。


「…ふむ、母親が自国民だから、彼女もそうだという考え方か。

 そういえば彼女もそんな事を言っていたな。エセルバートのやつ、まさか説明をしていないのか…?

 あそこは厳密にはラッフレナンド領内ではないが…こういったものは目に見えないものだから」

「………?」


 何か奇妙な事を言っているな、とは思うが、そこから思考が発展していかない。


 そんな中、魔王の取り巻きがきゃあきゃあ騒ぎ出した。


「魔王さまぁ、そんな事より一緒に飲みましょうよぉ」

「そうですよぉ。ここに来るの久々じゃないですかぁ」

「今日はリャナちゃんいないみたいだしぃ、ぱーっとやっちゃいましょうよぅ。

 モチロン、魔王様のお・ご・り・で♪」


 しなを作って魔王の腕に絡みついていた金毛の猫の女獣人に、魔王は目を細めて笑って見せた。


「ひゃわんっ」


 不意に女獣人の悲鳴が上がった。魔王が、獣人の頭に、耳に、顎に、喉に、手を滑らせて、艶のある声で囁きかける。


「ああ、勿論だとも。

 リャナがいるから窮屈だなどと思った事はないが、あちらも元気でやっているようだし、こちらもたまには羽根を伸ばすとしよう。

 ───皆、今夜は寝かせてもらえると思うな。溺れさせてやるから、せいぜい覚悟しておけ」

「「「きゃー!!」」」


 女の魔物の黄色い悲鳴が幾つも聞こえた。魔王の流し目にやられた女獣人なんて、感極まって卒倒している。


(元気な事だ───)


 と感心していたら、急に自分の体が軽くなった。


 気が付けば、アランの体は魔王に抱き上げられている。

 何が起こったかと固まっていると、「きゃあ」とまた女達の悲鳴が上がった。


「しかし、お客人にはそろそろ休んで頂かないとな。

 先に支度を進めておいてくれ。お客人を部屋へお連れしてから戻る」

「「「「あいあいさー!」」」」


 魔物達が宴会の支度を始めるべく、思い思いに動き出した。テーブルや椅子を整理したり、メニューを確認したり飲み物を取りに行く。

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